見出し画像

『こいつ、おれのこと好きなんかな⑰』


「このワイドパンツ、買ったの!」

聞いてない
 
と思うことが多々ある。
同じクラスの彼女は、開口一番の報告をマメにする。ホウレンソウを重んじる会社であれば褒められる行為であろう。
しかし、ここは会社でないし、僕は上司でもない。
あと、報告の内容が、どうでもいい。
 
前に会ったときは飼い犬のうんちが柔らかかった話をされたし、その前は燃えるゴミの日にミックスペーパーを捨ててしまった話をされた。
この話を僕にしたところで、どういう反応を求めているのだろうか。
妙絶な切り返しを期待してくれているのだろうか。
であれば、「そうなんだ」一辺倒で返し続ける僕などそろそろクビを切られるに違いない。
 
そう思ってから3ヶ月ほど経過したが、僕はまだクビになっていない。
彼女の報告を受ける上司(?)として週1ペースで仕事を担っている。
なんて簡単なお仕事だろう、と求人でも出して他の人に委託したい気持ちもあったが、受注が来るうちは全うしようと思う。
 
彼女は自分の身に起きたことを誰かに言いたくてたまらない。
これを言ったらどう思うかとか、何が起こるかとか、そんなことは関係ない。
とにかく誰かに言うことに重きを置いているのだ。
僕はその話自体に意味があるとは到底思えない。
そこから距離が縮まったことは一度もないのだから。
 
しかし、これは彼女なりのモーニングルーティーンなのだ。
朝起きる、顔を洗う、スムージーを飲む、僕に報告をする、朝ヨガをする、みたいな。
そんな欠かせない生活の一部にいることは誇らしいことであろう。
彼女の朝は、僕を見つけることから始まる。
この報告がなきゃ彼女の一日が成り立たないのだから。

そっと付け加える彼女。
「ユニクロでね」

「聞いてな…」
口に出てしまいそうになる本音を全力で抑え込み、愛想笑いする。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

もし、私の文章に興味を持っていただけたら、サポートお願いいたします。いただいたサポートは活動費として大切に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。