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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑬』


「このワンちゃん、なんていう名前なの?」

僕は、LINEのアイコンを誰かの犬の写真にしている。
ネットから拝借した、どこの誰かもわからないチワワの写真。

フォト無精の僕は、アイコンを何にすべきか皆目見当もつかなかった。
自撮り(お前の顔面をおれのタイムラインに乗せてくるなよ)、友達と映る写真(お前の友達と思われるのハズいからやめてくれよ)、デフォルト画像(逆にデフォがかっこいいと思ってんじゃねえよ)と、どれを選んでも括弧内の苦情の声がどこからか聞こえてきそうで怖かった。

散々悩んだ結果、海をバックに背中が映る写真か、飼っている犬の写真のどちらかが一番の落としどころと判断し、懸命にその写真を探した。
もちろん、海をバックに写真を撮ったことなんてないし、飼っている犬もいない。
一番僕の背丈に合った、火種のつかない写真を選んだつもりだった。
 
しかし、彼女の一言は、初めてこのアイコン問題に火をつけた。
今まで、この写真に「かわいい」という人は大勢いたが、名前まで聞かれたのは初めてだった。
そこまで考えていなかった…という落胆よりも先に、この犬に名づけをしなければという使命感が芽生えた。

脳内メーカーが「ジョン」「ロッキー」「マックス」とアメリカの犬風の名前を一面に表示したが、どうもこのチワワぽくない。
変換し直しても、「シロ」「ハチ」「パトラッシュ」と聞いたことある名前ばかり。
 

僕はふっと外を見て、咄嗟に答えた。


「サ…サクラ…」
 

弱々しすぎて聞こえたかわからなかったが、彼女の表情は明るく、その目線は僕と同じく窓の方を向いていた。
良かった、この犬はサクラと認められたのだ。全く「サクラ」要素のない、茶色いオス犬なのに。
 
「私の名前と、一緒なんだね」と恥ずかしげな表情に変わる彼女。
はっとなる僕。もちろん、下の名前など、知る由もない。

窓の外には、散り散った薄紅の紙吹雪が空を染めていた。
その風景は、彼女の表情の変化にどこか似ている気がした。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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