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ほろよいコインランドリー


きみはメロと名乗った。

日付が変わったばかりの真夜中のコインランドリー。
学芸大学駅には若者が集まり、なんてことのない夢を語り合って、ただただ笑い声が空を飛び回る。
その夢の集いからすこし離れて、アパートやマンションが立ち並ぶ路地のなかに割と新しめのコインランドリーがガタゴト稼働する。
壁には若者の夢の告知だろうか、ライブのフライヤーや個展のポスターがおもむろに貼られている。

きみは大きな紙袋をひっくり返して洗濯機に衣類を放り入れる。
色とりどりの色々がガサッと落ちる。
中を覗いてワサワサと洗濯物をならし、蓋を閉める。ポケットからコインを数枚取り出し、カチャンカチャンと一枚ずつ入れる。

黒いアディダスのパーカーにグレーのスウェット生地のショートパンツ。
すらりと伸びた長い脚の先にはピンクのクロックスが履かれている。

オレはベンチに座りながらその脚をじっと見つめていた。
さっき自分の洗濯物を入れて5分ほど経つから、あと15分ほどだろうか。
グルグルと回る洗濯物に目を移し、またすぐに目を戻す。


すると彼女は既に洗濯機の前から過ぎ去って、コインランドリーを出ようとしていた。
どうしたのだろうか、とだるそうに歩く後ろ姿を眺めていると、ランドリーの目の前にあるローソンの自動ドアが開いた。
真っ暗な空間に灯る対面の光。
こんなに距離が近いはずなのに、こちらは騒々しく、あちらは静かだ。

洗濯機を回している間に買い物でもするのだろうか、自動ドアが閉まり後ろ姿が消える。
金髪のショートカットが目に焼き付き、頭から離れない。
オレと同い年くらいだろうか、ここらへんの大学生だろうか。
見た目はハッキリ言ってヤンキーのようだが、不思議な雰囲気がオレの興味をそそる。
もう半年くらいここに通っているが、初めて見る顔だ。

その顔をローソンの自動ドアから正面に見ると、改めて「初めて見る」感覚が強くなる。
こんなカワイイ子なら一回見ただけで覚えているはずだから。
きみはビニール袋を携え、ペタペタとクロックスを地面に交互につけ向かってくる。すぐに視線を回転する洗濯物に戻す。


きみはオレの隣に座り、「私、メロっていうんだ」と言った。
それを聞いて、ロリ声だと思った。
「え?」と訊き返すオレの声を無視して、缶チューハイをプシュッと開ける。
ほろよいの桃。薄ピンクのパッケージを背景にした桃がだんだんと斜めになる。
オレは喉がゴクゴクと動く様子を見つめることしかできず、「メロ…」となんとなく呟いた。

「キミも飲む?」

そう言ってきみはオレにビニール袋のまま差し出す。
中を見るとストロングゼロのレモンが横たわっていた。
「キミも飲みたそうにしてたから買ってきちゃった」と真顔で言う。

「え、ありがとう。でも、なんでストロング?」

「なんとなく。ストロングって顔してたから」


「なんだよ、それ」と笑いながらきみの顔を見る。
ほんのすこしだけ笑った顔は、ほろよいになっているのだろうか、すこし赤らんで、さくらの色をしていた。


「メロっていい名前じゃん」

「ほんとにそう思ってる?」

「うん、ほろよいってかんじ」

「なにそれ」


オレたちは短い文章で会話した。
その度に缶に口をつけ、それぞれのお酒を飲みながら。


洗濯物は回る。ガタガタとグルグルと、すこしして、コトン、コトン…と。
そろそろオレの方は終わってしまうだろうか。
重い腰を上げて残り時間を見る。あと1分。
何も言わずその赤い数字を見下ろしていると、きみが立ち上がる気配を感じる。


2個隣の洗濯機はまだ回っており、終わりそうにない。
きみはそんなことほったらかして、またコインランドリーを出る。
僕は止まった洗濯機の蓋を開け、真ん中がぽっかり開いた洗濯槽を見つめる。
黒と白とグレーの色が、周りを縁取る。


何も考えずそれらをごそっと取り出し、持ってきた袋に入れていく。
最後の黒いパンツを入れたとき、きみは眠たそうな顔で戻ってくる。
ベンチに座り、僕にビニール袋を差し出す。


「今度は乾燥だね」

ビニール袋の中にはほろよいの桃が入っている。
きみはストロングゼロのレモンの缶をプシュッと開ける。
「なんで逆なんよ」と笑って、袋の中の衣類をそのまま乾燥機に入れる。
部屋干しでよかったのにな、と仕方なくコインを取り出す。

「なんか今日は酔っ払いたくなっちゃった」

その声をもっと聞いていたくて、コインを投入口にチャリンチャリンと入れる。
きみはプハぁと言って、洗濯機はコトンコトンと、この物語を静かに回し続ける。




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