社会人大学院のススメその3~なんで有名大学学部卒じゃダメなの?~
前回までに社会人大学院のススメを書いたが、不慣れなnoteでの記事にも関わらず大きな反響を得て大変嬉しく、またありがたい。直接続きを書いて欲しいという要望も複数受けたのは本当に望外の喜びだ(PVと「スキ」の間に2桁の開きがあるので、出来れば「スキ」ボタンも押して頂けるとなお嬉しい)。これも、今や大学院が必須になり、社会で活躍中の既卒社会人にも大学院やそこでの学位取得が必須になりつつあるという現実を反映した数字なのだろう。これは反対に言うと、今まで力を持ってきていた有名大学学部卒の価値が、急速に崩壊していることを意味している。今回はこの辺りについて日本の教育史と絡めて述べていきたい。
高卒金の卵から大学入学、そして大卒へ
かつて高度経済成長期、それまで社会の主力だった義務教育終了と同時の中学卒就職から高校卒業後就職へと就職の主力勢力が移動した時、彼ら高卒者は、その高い生産性から「高卒金の卵」と評され、社会の随所に雇用され、重用された。
その後、日本がさらに発達すると、今度は大学入学にも注目が集まったが、折しも学生運動が盛んだったために大学の教育機能が麻痺してしまい、また、大学を放校処分されるほどに活動に埋没した学生活動家を重宝した政党の広告宣伝によって「大学当局に従って卒業した者よりも大学在学中に資格をとって就職した大学中退者の方が優秀である」という珍妙な風聞まで広まり、この「高卒金の卵」は結局1973~4年のオイルショックまで続くこととなった。
その後は流石に大卒者を社会主力とする状況に変化をしたが、学生運動時代の風習は抜けきらず、大学卒業を重視しない=高校までで学びを終え、大学は入試までで選抜機能を終えてしまう、という大学での教育機能麻痺の状況が長く続くこととなった。これは、後に述べるが、就職難によって大学での学びが重視され始めるようになるバブル崩壊数年後の1995年頃まで続いた。大学の学びの重視には、この1995年頃にはインターネットやパソコンが普及し始め、個人のデータが収集比較しやすくなったのも大きいだろう。
大学入試改革、大学院推進、ゆとり教育の3点セットの大失敗
タイミングの悪いことに、バブル崩壊直前の1990年には筆者ら膨大な人数を誇る団塊Jr世代への効率的な対応を前提に、人数対応への仮設的に各個人の能力精査よりも大人数大量処理に主眼に置いた大学入試改革が行われ、多くの大学で同じ「センター試験」を受験することとなった。これによりあたかも全ての大学で同じ指標による評価が可能であるという誤認が広まり、そこに勝機を感じた大手予備校複数によって、それまで高校受験で各地域ごとに使われてきた「偏差値」が大々的に大学受験にも用いられ、複数の領域に跨る本来比較のしようも無いはずの大学が、偏差値の物差し1本でランキングされることになった。
この大学入試制度改革はあくまでも大量処理のための緊急的仕組みであることは誰の目にも明らかで、当時は「各分野特性を一切無視したこんなクイズ大会で学問適性が分かるはずもない」と、大々的な反対運動が繰り広げられたのだが、文部省(当時)としては、同時に大学院改革を行うことで学部終了後のエリート層の再競争を促し、また海外並みに修士や博士を取りやすくすることでエリート層の学歴主流を大学院に移行し、膨大な団塊Jr世代の人数に対応するするためのセンター試験で雑な選抜となってしまう大学学部入試での優秀層の取りこぼしはそこで対応する、として改革を断行したのだった。
また、主要国公立に関しては学部は私立大学保護のためにも団塊Jr世代の卒業とともに減少させ、大学院大学化を推し進めることも同時に決まった。その直後の1998年には、高校までの過程において、ゆとりあるカリキュラムによって将来の大学院での研究に備えた興味対象の自主的探求能力を鍛えることを主眼としたゆとり教育が強化された。これらはまさに経済力に富む大国ならではの教育施策であり、全てが上手く行ったとしたのならば、大量の優秀な大学院修了者を生み出すはずの、実に素晴らしい計画であると言えた。
しかしこの素晴らしい施策は、前述のバブル崩壊と、そこからのゆっくりとした経済崩壊によって絵に描いた餅となった。経済崩壊によって、大学学部卒から大学院への世界の潮流に乗った就職主力層の移行は我が国では起こらず、一時的な仮の制度に過ぎなかったはずのセンター試験やそれに伴う偏差値制度は、この1990年から2021年の国公立の推薦主力制度と共通試験制度への移行までの実に30年の長きにわたって維持され、無根拠な大学名偏差値ランキング制度とともに日本の国のエリート競走の主戦場となってしまった。また、大学院に、研究の原動力となる優秀で自由な発想の人材を大量に送り込むはずだったゆとり教育は、学部卒までではその実力を充分に発揮できないまま、国民からの罵倒と同教育を受けた世代の絶望とともに大失敗のうちに打ち切られることとなった。そもそもにして、大量処理のターゲットであり改革の当初の主目的であった団塊Jr世代とその後しばらくの世代ですらも、大学入試やその後の就職での過当競争と他世代の同能力な人物と比しての継続的で理不尽な低評価から「氷河期世代」というなんとも寒々しい世代名を得る羽目になってしまった。
大学入試改革、大学院推進、ゆとり教育の教育改革3点セットは、まさになんの言い逃れもできないレベルの大失敗であった。
大失敗から目が覚めて
大失敗に終わったこの30年の教育改革の間、辛うじて大学教育内容の見直しだけは順調に行われ、それまでコンパ・ナンパに明け暮れる様から「レジャーランド」とまで呼ばれた人文系での大学教育が大きく改善され、(潤沢な予算から文科省の言うことを聞く必要のない)大都市の一部有名大学以外では真面目な教育が行われるようになったのは、特筆すべきだろう。つまりこの30年の間の改善は「有名大卒でなくてもそこそこ優秀な人材が社会に送り込まれるようになった」という点に集約される。30年前までは、地方私大文系というとバカと外国人遊学者の集まる宴会場という状況だったのが、現代では各地域に欠かせない主要人材を送り込む重要な地域の中核施設へと変化をしたのだ。これは失敗ばかりの我が国の大学教育における、数少ない成功例と言えるだろう。
いずれにしても、この30年間は「経済学と法学と医学と音楽と芸術と体育が同じテストで一列にランキングされる」という、少し考えれば「寝惚けてんの?」というレベルのデタラメが通用する状況がたまたま運悪く続いてきた、という事は念頭に置いておきたい。これはセンター試験に方向性が適合しない分野における人材の著しい劣化をもたらし、日本の「失われた30年」の主因になったと言っていいだろう。医学や経済学に有利な物差しで数学やアルゴリズムや芸術を測っていては、それは当然に該当分野において優秀な人間が選抜出来ているわけが無い、というごく当たり前の話だ。
さらに言えば、諸外国では2σ以上の競走は試験そのものへの過剰適応を測定してしまうから有害であるということから、2σ以上の競争については面接や日常活動で評価をするようになっている。2σ以上とは偏差値で言えば70以上だ。つまりは予備校指標での一流大学とそれ以下とを分けるラインでの話であり、そう考えると日本の一流大学とやらはどういう人物を取ってきたのか、些か疑問が生じてくる。
いずれにしても偏差値ランキングなどというこんななんの根拠もないデタラメを何故か30年もの間日本人の大半が信じて頼りにしてきたのだから、なんとも情けない。そもそも偏差値は、諸外国では早々に見切りをつけられて使われなくなっていた指標なのだ。いい加減、我が国も目を覚ますべき時だと言えるだろう。「なんで有名大学学部卒じゃダメなの?」とタイトルに書いたが、海外での学位の必要性や高度情報化社会での学位の必要性はもちろん、そもそもどんな大学であれ学部卒ではまったく正しく能力を測れていないのが根本的にダメなところなのだ。
ようやく大学院の時代へ
そして2020年代になり、日本凋落の主因とも言えるセンター試験がようやく終了して大学のトップ層入試も一気に推薦入学へと切り替わり、ようやく1990年代からの制度設計通りの大学院が競走主体となる時代がやってきた。とはいえ、ストレート進学の修士は自然科学系、所謂理系での選択進路であり、博士進学率はまだ上がってはいないようだ。人文系の修士の進学率は、ここ10年下がり続けていたのがようやく下がり止まったところと言える。まあ、まだ施行2年で下げ止まりの成果が出つつあるだけで大したものだと言えるだろう。
では、ここのところの大学院の急激な増加はどうしたことだろうか?しかもこの増加は2021年の大学入試改革を待たずに発生しているように見える。
答えを言ってしまうと、実はこれは偏に社会人大学院生の増加である。
中央大学大学院のWebマガジンを見ると社会人大学院生の増加、特に博士課程における社会人率がついに40%を超えたことが示されている。恥ずかしながら筆者も長年その一員であった。
特に、コロナ禍による社会全体のリモートシステムの大幅な改善と、それに伴う通信制大学院の増加は、社会人大学院進学率に大きく寄与したようだ。
次回はこの通信制大学院について述べたい。
ざっくりと
・日本の社会主力層の学歴は、戦後、中卒→高卒→大学入学と変化してきたが、学生運動の影響や採用企業方針で大学卒業や大学内での学びが問われない時代が続いてきた
・大学入試改革、大学院推進、ゆとり教育の3点セットの失敗は団塊Jr世代向けの仮設制度設計であったはずのセンター試験を延命させてしまい、偏差値ランキングという根拠不明の信仰を生み出し、各分野に不適合な人材を選抜してしまい「失われた30年」を生み出してしまった
・2021年改革でトップ層の大学入試が推薦入学に切り替わり、ようやく失われた30年からの脱出が見えてきた
・大学院進学の大きな変化のひとつは社会人進学者であり、その要はコロナ禍で発達した通信制大学院である
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