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エビデンスと経験値の間

先日、友人がこんな質問に答えていた。真摯な答だ。

さて、小学生は筋トレすると背が伸びなくなるのだろうか。コメント欄を見ると、これではよくわからない、もっとエビデンスを出せ、調査しろ、とある。なるほど読む側はそう捉えるのだなと興味深かった。

では「小学生は筋トレすると背が伸びなくなる」の信用に足るエビデンスとは何であると考えられるだろうか。

今の科学的アプローチの条件で一番信頼性が高いと言われているのはRCT(無作為化比較試験)と呼ばれる方法だ。ではその方法を簡単に、この例に当てはめてみようと思う。

少年野球をやっている大きな母集団に対し(規模はまた計算が必要だがでもし数千くらいやれればすごくいい、3桁くらいやりたい)、無作為に(ランダムに)、グループ割付をする。

ひとつは、筋トレをするグループ。

ひとつは、筋トレをしないグループ。

この二つのグループの筋力トレーニング事前事後を比較すれば良い。が、ここからの条件付けが難しい。

身長が伸びなくなるのか、が問いなので、5年くらいの規模で男子なら12歳から17歳くらいまで比較したい。みんな身長が最高潮に伸びる時期は違うので。

筋トレをするグループと、筋トレをしないグループ、どちらのグループにも、筋トレ以外のトレーニングは全く同じ量を全く同じ回数全く同じ時間行いたい。そこに差が出たら、結論と効果が混ざっちゃうので。

筋トレのメニューも統一したい。誰がどこが強いとか全部無視して、同じ筋トレだけを繰り返さないと、個人差が生まれてしまうので。

さらに、同じトレーニング、と言っても、例えば1キロを3分で走ること、1キロを5分で走る子がいたら、相対的な負荷量は違うので、そこを調整しなければならない。トレーニングは、本人の能力の少し上を攻めないと効果が出ないので、つまり同じ量のトレーニングをするということは、持久力、筋力、運動の協調性など様々なポイントでの整理が必要なのだ。

それからその間に、怪我をしたり、練習を休んだり、自主トレーニングをした、なんて選手がいたら全員この実験から排除しなければならない。実験そのものの効果を見たいのに、休んだり過剰にやったりすることは許されない。

そして、本当に難しいのは、参加している選手が「自分はどちらのグループに参加しているのかわからない」状態を作る、周囲の人間も検査者も「目の前の選手がどちらのグループに参加しているのかわからない」状態を作る、ということだ。なんでそんなことをする必要があるんだよ、というのは、主観による客観の阻害を防ぐためで、例えば薬の臨床試験はこれが守られている。

その他、まだ条件はあるけれども、少なくとも上記が守られていたら「エビデンス」だね!ってなるのは間違い無いと思うのでこのぐらいで。


しかし。はてさて。不可能である。

目の前の話がエビデンスに基づいたものか、というのは、そのエビデンスがどのように導き出されるべきなのか、ということを知った人にしか語れないのがよくわかる。

もちろん研究の全てがRCTであるわけでは無い。スポーツの分野のトレーニング実験では、RCTはほぼ不可能だと言っていいだろう。特に、盲検化と呼ばれる最後の「誰もわからない」を徹底するのは不可能だ。あとそもそも、トレーニング実験なのに、長期間「トレーニングさせない」グループを作る実験に誰が参加するだろうか?

多くの研究は、なので、その研究の「弱点」として、こういう部分はこういう理由でこういう妥協を持って実験をしました、ということを論文の中に明記する。そのことで「あ、実験した人たちもそこが弱点だってわかった上で考察しているのね。」という認識が得られる。さらにその上で、自分の知りたいことと、結果が合致しているのか、が検討されるべきなのだ。


最初の疑問に戻ろう。

小学生の野球選手に筋トレをすると身長が伸びなくなるのか?
→それについては、確実と言えるエビデンスは存在しない。
→でも、適切な負荷量が身長を邪魔しないだろうことは、弱いエビデンスの中で論じられている。
→それから、この記事の著者のような、20年近く青少年の野球に関わってきたトレーナーには経験値があり、その経験から言えることとして、身体のケアを行いながら適切な負荷量を提供すれば身長を邪魔しない、ということが、わかる。

さて、何を信じ、何に苦情を言い、何を自分の行動に活かすことができるだろうか。

適切な負荷量と身体のケア、は、本人や親にできることと、専門家にしかできないことがある。適切な負荷量も必要な身体のケアも、個人それぞれで違ってくるのだから、それはそれで一つの答はない。

本当の意味でトレーニングやコーチングは、すごく人間的で、AIに代われない、すごく個人志向なものだから、本当の本当の意味では、統計の意味ってとてもとても限定的なんだ。それでも、現場の人たちは、多くの人に当てはまる部分をずっと探し続けて、こうやって、伝えようとしている。

みんなシンプルで強固な回答を求めすぎる。

まずは冒頭の記事で指摘されているように、みんなに当てはまることから動くしかない。「適切な負荷量でトレーニングをし、身体のケアをしていますか?」。