見出し画像

祀られる快楽犯

晃久さんの実家には大きい神棚がある。
襖二枚分程の幅で、造りも神社の一部を切り取ったかのように凝っている。
飴色になった木が物の古さを表していた。

神棚の中央には御札と古い鉋(カンナ)があった。
父親は毎朝水を取り換え、鉋を紙で拭き、手を合わせて深く一礼する。
晃久さんはそれが当たり前のものだと思っていた。
だが、友人の家などで見ると神棚や御札はあっても鉋はない。
最近になって、父親に尋ねてみたそうだ。
「なんで神棚に鉋なんて置いてんの?」
「気付いたか。そうだなぁ。お前ももう30だもんな」
「そりゃ変に思うでしょ。まさか鉋に神様でも入ってるとか言うわけ?」
父親は晃久さんを睨みつけた。
柔和な父親に似合わない形相。晃久さんは狼狽えた。

「鉋を置いてあった所。見てみなさい」
踏み台を使った瞬間、酸っぱい匂いが鼻をかすめる。
神棚の中央にはじわりと広がる黒いシミがあった。
「それは、あぶらのシミだ」
「あぶら……? 手入れに使うやつ?」

「人の脂なんだ」

父親曰く、先祖は罪人を拷問する役目をおっていたという。
拷問も様々な方法があったが、この先祖は鉋で肉を削ぐという事をごく稀に行っていた。
あまりの惨さに刑場に来た絵師も逃げ出すほどだったという。
先祖は晩年、それを非常に悔いていた。
遺言を残した為、子孫も使った鉋を丁重に扱っているという話だった。

「お前も小さい頃、鉋を指さして『遊んでって言ってる』って話してたの、覚えてるか?」
「いや……そんな事あったっけ……」
「そうやって鉋に呼ばれることがあるんだ。俺も半信半疑だったが、お前が呼ばれてるかもって思ったら丁重に扱わざるおえなくてな……」

そう言うと、父親は鉋を元の場所に戻した。
しばし鉋を眺めてから、手を合わせ、深く一礼をした。
「200年ぐらい前の話らしいけどな。毎朝拭いても、未だに脂が滲むんだよなぁ……」

晃久さんも、今では神棚に手を合わせ深く一礼をするという。
後悔するほど鉋に呼ばれた先祖に想いを馳せながら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?