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記憶の紙魚

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雨森が集めた怪談。 こっそり怪談イベントの感想も。 ※朗読や語り利用されたい方はご連絡ください。 内容の肉付け含め相談OK。勉強中のため無償です。
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#竹書房怪談マンスリー

三日月と隕石

チヨさんは生まれつき右手小指の爪がない。 本来の爪があるはずの場所を押すと、とても柔らかいらしい。 つるりとした指。チヨさん自身、この小指を愛しく思っているという。 「爪は無いんですけど、爪切りはするんです」 他の指の爪が伸びたな、と感じたらその夜に爪切りをするそうだ。 しかも、とても切れ味のいい握り鋏を使う。 きっかけは中学生の冬休み。 偶然、本で江戸時代は握り鋏を使って爪を切っていたと見かけた。 好奇心がむくむくと胸で育ち、裁縫箱から握り鋏を取り出した。 糸を切る時

鉄腕の歌声

アニメ主題歌のメロディがホームに響き渡る。 克哉さんは、大学生の頃からこの駅を離れた事がなかった。 新卒入社した会社も、決め手はこの駅だったからだ。 彼には朝の日課あった。 駅のホームの端まで歩き、子供たちの合唱を聞くことだ。 どこかから聞こえる元気いっぱいの歌声に、夢中になっていた。 まるで自分が元気になったように思えるそうだ。 逆に寝坊をしたりして合唱を聞けなかった日は、どうにも調子が出ない。 それどころか、まわりから心配されるほど体調を崩してしまうこともあった。 こ

しまい

高田さんが祖母のしめ子さんから聞いた話だ。 日本では人糞肥料が使用されなくなって久しい。 しかし需要のあった時代には、農家が一般家庭まで回って汲み取りに行ったほどであった。 そんな時代。当時まだ幼かったしめ子さん。 家の農業の手伝いで糞尿を運ぶことがあった。 自宅の便所から「ツボ」と呼ばれる肥溜めに流し入れる。 それだけのことだが、子供には非常に辛い手伝いであった。 肌に汚れが飛び、匂いで鼻が痺れる。 蠅や虫が、顔や体につくのも我慢しがたかったという。 しめ子さんが、い

昔の断末魔

沙希さんが結婚の挨拶に向かったのは、椿で有名な島だった。 東京育ちの彼女には全てが真新しく、恋人の実家にもすぐに馴染んだそうだ。 「広志、ちょっとお願いしてもいい」 庭から母親の声が聞こえ、お手洗いに立った広志さんの代わりに庭に向かった。 「あらやだ、沙希ちゃんが来たの! 広志にリスの始末お願いしようと思ったのに」 そこにはネズミ捕りより大き目の金属製のカゴがあった。 中にはグルグルと回る毛皮が見え、近づくとギャアギャアと鳴いた。 「島でリス園まで開いたんだけど増えるのが

呼ぶカタチ

知香さんは居酒屋勤務で、勤務開始時刻は夕方から。 しかし、TJ線は人身事故からの遅延が多いため、早めに家を出るのが常だった。 時刻は14時あたり。 知香さんは駅へと向かう途中。 踏切でなぜかしゃがみこんでいる少女がいる。 カンカンカン…… 警告音が鳴り響く。 片側、その逆側と遮断機がゆっくりと降りてゆく。 しかし、少女は俯いたまま動かなかった。 元々正義感の強い知香さんは迷わず飛び込んだ。 そして小さな体を抱きかかえて脱出した。 「危ないでしょう! なんで踏切で立ち

退屈紛れの神舞

麻美さんの小学校は城址跡にほど近く、いつもそこで友人と遊んでいたそうだ。 天守閣や日本庭園がしっかりと残るこの城、敷地の中には神社があった。 とても古く、ささくれや白く乾いた木材が目立ち、賽銭箱さえボロボロだったという。 この日はかくれんぼをしていた。 麻美さんは真っ先に神社を目指した。 ここは拝殿と舞殿がひとつになっており、その床下は子供が忍び込む程度の隙間がある。 常駐する人間もおらず、隠れるにはもってこいの場所だった。 神社に到着すると、背の小さい男性が舞殿で舞って

降る髪

美容師を務める倫子さんは実家暮らし。 家は古く大きく、地下にも部屋があるという。 この部屋については「ミグシ様がおるでな。行ったら顔をあげちゃいけないよ」と教えられて育ったそうだ。 地下室の清掃は月に一度。 父親が担っていたが高齢の為、倫子さんが引き継ぐ事になった。 説明を受けるために父親と共に地下へと向かう。 部屋に入る前に「必ずこれを履くように」と足袋を渡された。 見ると父親はすでに足袋を履いていた。 扉に手をかけ、顔をあげないように首を下に向けた体勢で入る。 狭い視界

強請り鴉

充さんは、カラスと寝言が恐ろしいという。 恋人の愛理さんは非常に物知りで、ある時、叉骨のおまじないをしたいと言い出した。 それは鳥の喉元にある骨を用いる、願い事を叶えるタイプのものであった。 叉骨は二又に分かれていて、頂点にはつまみのようなでっぱりがある。 端を引っ張り合い、割れた際にでっぱりが付いていた側の願いが叶うと説明された。 いざ「そおれ」と二人で引っ張り合うと充さん側にでっぱりがついていた。 結果を見て、愛理さんは非常に残念そうな顔をする。 普段から強請ることが

姉は羽化する

仁美さんには双子の朱美さんという姉がいた。 お姉さんは重度の障がいをおって産まれ、ずっと部屋で寝ているだけだったという。 その姉の喪があけたので、と話を聞かせてくれた。 元気に走り回る仁美さんと比べ、車椅子でも動くのが辛い朱美さん。 言葉も不自由であったが、姉妹の絆なのか、不思議と二人は意思疎通に困らなかった。 姉が何を言って、何をしてほしいのか。それが仁美さんにはわかったらしい。 窓から蝶が見えれば『蝶をゆっくり見てみたい』という姉の気持ちが頭に浮かび、外で蝶を捕まえて

夢抱く腹

郁乃さんは三十代だが、ご両親はすでに他界している。 両親共に高齢での妊娠出産だった為というが、それでも幾分か早逝にように思えた。 そんな彼女がこんな話を教えてくれた。 当時、ご両親は四十代半ばあたり。 長年、子供を望んでいたそうだ。 しかし、景気も悪い時期で、今から子供が産まれても経済的に余裕がない。 もう無理か…と諦めかけていたところで妊娠が発覚した。 なんと二つの命が胎内で育ち始めていたのだ。 ようやく授かった我が子。余裕はなくとも大切に育てると決めた。 性別がわかる頃

少女食らう神

美里さんの記憶にしか存在しない女の子がいるという。 小学五年生だった美里さんには、綾子さんという同級生がいた。 気が強く、浮き気味で、美里さんとは挨拶を交わす程度。それ以上でもそれ以下でもなかった。 当時、女子の間で「一緒にトイレに行こう」が流行った。言葉の通り、一緒にトイレに行き、そこで秘密や好きな人を打ち明けるのだ。 夏休み間近のある日、美里さんは綾子さんからトイレに誘われた。 灰色のタイルが並ぶトイレの床。隙間のセメントに滲む水を上履きの先でなぞりつつ、話が始まるの

悪鬼の匂い

その家は、古くからその土地で繁栄していた藤森という姓であった。 その辺りは同じ姓の家ばかりあったが、景子さんが嫁いだのは所謂本家筋の一端を担うような、大きい屋敷であった。 ある初夏の日。 同じ屋敷に住まう大叔父が亡くなった。 栗の花が強く香り、胸焼けするような夜だったという。 義父に呼ばれ、大叔父の遺体を置いてある仏間に行くと異様な空間になっていた。 元より天井まで届くかという大きな仏壇。 その前に大叔父が横たわり、胸には小刀が2本。 そして、屋敷に住まう親族総出で猫を囲

ミシャグジ様

孝志さんが8歳の春。 珍しい祭りを見るため、母方の祖母の家に連れてられて行ったそうだ。 祭りまでは数日あった。 暇で田舎道を散策していると、古びた寂しい雰囲気の神社を見つけた。 立派な梶の木が、たっぷりと木陰を作っている。 春だと言うのに西に傾いてきた陽が強く、そこで休むことにした。 「ねぇ、遊ぼう」 急に声をかけられた。見ると着物姿の同じ年頃の男の子が立っている。 戸惑っていると、夕刻を告げる音楽が田舎の空に響いた。 「ねぇ、遊ぼうよ」 孝志さんは困ってしまった。

ひとつ目提灯の道標

思いがけず、嬉しい感想を頂戴した。 ので、私もつらつらと思った事を書いてみたくなった。 竹書房さんが毎月開催している怪談マンスリーコンテスト。 2月の最恐賞に輝いたのは丸太町 小川さんだ。 以前よりTwitterやコンテストの選考通過者でお名前は拝見していた。 名前の字面とアイコンのかわいらしさが妙にツボなのも相まって。 どんな方なのだろうと探れば、エブリスタで実話怪談を掲載していた。 ペタペタと、素足で近づいてくるような物語の運び。 シンプルでいて純文学的な表現。 怖い話