見出し画像

昔の断末魔

沙希さんが結婚の挨拶に向かったのは、椿で有名な島だった。
東京育ちの彼女には全てが真新しく、恋人の実家にもすぐに馴染んだそうだ。

「広志、ちょっとお願いしてもいい」

庭から母親の声が聞こえ、お手洗いに立った広志さんの代わりに庭に向かった。
「あらやだ、沙希ちゃんが来たの! 広志にリスの始末お願いしようと思ったのに」
そこにはネズミ捕りより大き目の金属製のカゴがあった。
中にはグルグルと回る毛皮が見え、近づくとギャアギャアと鳴いた。
「島でリス園まで開いたんだけど増えるのが止まらなくて…今じゃ害獣なの」
「もっとかわいいものだと思ってたんですけど…結構凶暴そうですね…」
どうしようかと思っていると、広志さんが来た。
「ここにいたんだ」
「広志にリスの始末お願いしようと思ったら、いないもんだから沙希ちゃんが来てくれたのよ」
「ごめんごめん。俺がやるよ」
広志さんはカゴの取っ手を掴んで歩きだした。
このまま川に沈めて溺死させるのだという。

沙希さんはしばらく悩んでから、広志さんのあとを追った。


アァァッァァ・・・ッ
ア、 アツイィ


人間の叫び声と思えるような音がした。
発生源は、広志さんの後ろ姿付近。
ゆっくりと近づいていくと、水からカゴが引き上げられた。
中にはぐっしょりと濡れた、毛皮が横たわっている。
「さっきのリスの泣き声? まるで人間の叫び声みたいだった…」
「あんまいいもんじゃないだろ。人間みたいっていうか、すんごい音量だよな」

――自分の気のせいか空耳か。しかも水に沈められるというのに、なぜ熱いなんて聞こえたのか。

その夜は、昼間のことを思い出してなかなか寝付けなかった。
何度もトイレに立っていたので、居間から声がかかる。
そこには彼のお祖母さんがいた。
「慣れない島で不便じゃないかね」
「いえ、皆様よくしてくれて…ちょっとリスはびっくりしましたけど…」
「リス? あぁ、始末するとこ見たんだってね」
「変な事言うって思うかもしれないんですけど、リスの鳴き声が『熱い』だった気がして…まだ耳に残ってるんです」

「……この島は火山があってな。
投身自殺を図る輩がよく来たもんだ。
それから、リスが異常に増えた。
始末するとき『熱い』とか『殺して』と叫ぶ、憑いてるのがいる。
気付いてないフリをしなさい」

お祖母さんに手を擦られ、喉元に不安を膨らませた。
沙希さんはそれからリスの始末には絶対近づかないようにしたという。

その島、今ではリスがいないそうだ。


4月竹書房怪談マンスリーコンテスト、最終選考作品(優秀作品選出)でした。
わーい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?