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夢抱く腹

郁乃さんは三十代だが、ご両親はすでに他界している。
両親共に高齢での妊娠出産だった為というが、それでも幾分か早逝にように思えた。
そんな彼女がこんな話を教えてくれた。


当時、ご両親は四十代半ばあたり。
長年、子供を望んでいたそうだ。
しかし、景気も悪い時期で、今から子供が産まれても経済的に余裕がない。
もう無理か…と諦めかけていたところで妊娠が発覚した。
なんと二つの命が胎内で育ち始めていたのだ。
ようやく授かった我が子。余裕はなくとも大切に育てると決めた。
性別がわかる頃には双子を郁乃・鞠乃と名付け、毎日腹を撫でて過ごした。

出産予定日が近く、母親は入院をした。
不安が募る中、双子が産まれる夢を見たという。

出産の痛みは激しく、必死の思いで産み落とす。
一人は元気に泣いて、看護婦に抱かれている。もう一人は医師に逆さにされていた。
何かあったのだろうかと見ていると、医師はその子を真下に落とした。
泣き声が反響するなか、落ちた子供を見る。
その頭からは、血に濡れた金塊がぬっくと出ていた。

母親は自分の叫び声で飛び起きた。
脂汗を拭おうと布団をめくると、破水が始まっている。
先程の痛みや悪夢は陣痛によるものだったのだろう。
そのままお産になり、産まれたのが郁乃さん。鞠乃さんはお産中に亡くなった。

母親は自分が恐ろしい夢を見てしまったからだと、生涯おのれを責めた。
なぜなら子供二人分の手当が入った時に、子供の頭部から出ていた金塊を思い出したらしい。
経済状況を考えると大変有難い金額で、余計に自分たちの為に消えたようにも感じられたと。


ご両親は別々のタイミングで病死したが、二人共、亡くなる前に「あちらで鞠乃と待っているからね」とよく話したそうだ。

郁乃さんも最近不思議な夢を見るらしい。
暗闇で赤子が「待ってるよ」と流暢に話しかけてくるというものだ。

「……その赤ん坊、数え切れないほどの数なんです」

郁乃さんは、来年出産を控えている。
この夢が意味するものが何なのか、考えるのも恐ろしいと言っていた。

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毎度おなじみ最終選考落ち作品のお焚き上げです。

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