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ミシャグジ様

孝志さんが8歳の春。
珍しい祭りを見るため、母方の祖母の家に連れてられて行ったそうだ。

祭りまでは数日あった。
暇で田舎道を散策していると、古びた寂しい雰囲気の神社を見つけた。
立派な梶の木が、たっぷりと木陰を作っている。
春だと言うのに西に傾いてきた陽が強く、そこで休むことにした。


「ねぇ、遊ぼう」


急に声をかけられた。見ると着物姿の同じ年頃の男の子が立っている。
戸惑っていると、夕刻を告げる音楽が田舎の空に響いた。


「ねぇ、遊ぼうよ」


孝志さんは困ってしまった。

「この音楽が鳴ったら、家に帰らないとダメなんだ…」
「鹿が見れるよ。うさぎもいるし。だめ?」

珍しい提案に少し心が揺れた。
が、帰らねば大目玉だ。仕方なく断ることにした。

「今日はごめんね。また明日くるよ」
「わかった。絶対だよ?」
「うん!」
少年は嬉しそうに顔をほころばせた。

帰り道、離れたところで振り返ると、神社の奥に消えていく少年の背中が見えた。


家に到着し、縁側で足を洗った。
すると祖母がタオルを持ってきてくれたので、少年とのやり取りを話した。
「それでね、明日約束したんだ!鹿やうさぎが見れるんだって!」
興奮気味の孝志さんの言葉に、先ほどまで微笑んでいた祖母の表情が固まった。
着物を着た男の子ではなかったかと尋ねられ、そうだと答える。
祖母は指先を震わせながら顔を撫でてきた。


「ミシャグジ様だぁ…見初められたのかもしれねぇなぁ…」


孝志さんは、その日のうちに東京に帰ることになった。
結局祭りは見ること叶わず、少年との約束も果たせなかった。


大人になった今でも孝志さんは忘れられないという。
日に当たった事の無いような、色白の少年。
なぜかとても魅力的に感じた。
もし音楽が鳴らなければ、ずっと遊んでいただろうと。


この祭りは、その神社にいるミシャグジ様という土地神を祀るものであった。
神事に近く、生贄を多く捧げる行事だ。
今でこそ作り物だが、鳥・うさぎ・鹿などを大量に必要とする。
その中には、人間を捧げていた歴史も存在した。

ごく稀に神隠しがある、この地方。
今でも着物を着た少年を目撃することがあるという。


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5月竹書房怪談マンスリーコンテスト、落選…
でも最終選考にはいたみたい。よかった。

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