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少女食らう神

美里さんの記憶にしか存在しない女の子がいるという。


小学五年生だった美里さんには、綾子さんという同級生がいた。
気が強く、浮き気味で、美里さんとは挨拶を交わす程度。それ以上でもそれ以下でもなかった。

当時、女子の間で「一緒にトイレに行こう」が流行った。言葉の通り、一緒にトイレに行き、そこで秘密や好きな人を打ち明けるのだ。
夏休み間近のある日、美里さんは綾子さんからトイレに誘われた。
灰色のタイルが並ぶトイレの床。隙間のセメントに滲む水を上履きの先でなぞりつつ、話が始まるのを待つ。
じっとりとした空気の中、綾子さんが口を開いた。

「私、安達くんと、毎日愛し合っているの」

そう言うと首筋やら胸元にある赤紫の痣を見せてきた。
仲良くもない私に打ち明けるようなことではないだろう、と美里さんは呆気に取られた。
知識がなく情事の痕を知らなかった為、喧嘩でもしているのかと余計に訝しく思えた。

翌日、教室では綾子さんの片思い相手の話題が飛び交っていた。
「美里ちゃん!知ってる?綾香ちゃんって田中くんが好きなんだって!」
友人が面白そうに告げてくる。かと思えば少し先で喋っている女子グループでは「加藤くん」の名前があがっている。
昨日の話とは全く違う噂に呆れ、面倒ごとに巻き込まれたくないと口を噤んだ。

しかし、更に面倒な事が起こった。

「美里ちゃん、一緒にトイレいこ」

また彼女に捕まり、蒸し暑いトイレで話を聞くことになったのだ。
「美里ちゃんに教えたこと、誰も噂してなかったから、信用できるって思ったの。
だから教えてあげるね。本当に愛し合ってるのは、家にいる神様なの…死ぬほど、好きなの…」
聞けば家の神棚から妖艶な男性が出てきて、毎夜毎夜一緒にいるという。
しかし最近になって神様が他の子供も連れて来いと命令すると。
もともとクラスから浮き気味の綾子さんは、信用できる女の子を探していたらしい。
綾子さんは「これを持っていて。そしたら神様に会えるから!」と、手に収まってしまうほどの巾着袋を押し付けてきた。

美里さんは巾着ごと綾子さんを突き飛ばして、トイレから逃げた。


それから、彼女を見ていない。
友人に尋ねると「そんな子いないよ」と返され、先生までも知らないという始末だった。

美里さんは鮮明に思い出せるという。
あのトイレでのじっとりとした雰囲気。噂で喧しかった教室。
突き飛ばした時、嬉しそうに笑った綾子さんの表情を。


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こちらは佳作受賞作品。
提供者様からも気に入ってもらえて、ほっと一息。
prologueにも掲載しました。

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