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「夜逃げ」の達人④さらば「我が家」再び夜逃げ

こんなにも人生において「夜逃げ」に関わるとは思いもよらなかった男の自叙伝的な物語。

今回はあれから暫く経ってから、兄の起こす事件で再び夜逃げをするお話です。

※この物語は上記の続きになりますので、よければ①からご覧ください。

■束の間の平和

母の死から1年程経った頃だろうか、私も免許を取り一軒家に1人で居るのもなにかと心配だと当時の彼女(後の嫁)も同棲したカタチで暫くは穏やかな日々が過ぎていた。

母親は地方公務員で、割としっかりした人だった。

私達が思うよりもこのボンクラ兄弟の未来を思い、様々な保険を掛けてくれていたらしくそれなりの保険金が入った。

こ多分に漏れず、初めて見た「昔よく我々兄弟を可愛がってた親戚」もよく現れては無心してくる時期もあった。

私は正直こんな生き方で金の管理など全く出来ない男であったので、基本は頼れる兄貴に金銭管理についてはお任せをしていた。

周りに親の七光り1号2号と名付けられる高級車を兄弟で購入したりもした。

家も結局保険で支払いも無く手に入れる事が出来たわけだから、普通はこれで暫く安泰となる人生のはずだった。

そんな矢先に県外に住んでいた兄貴がまた実家に戻ってきて一緒に住むようになる。

離れていた兄弟が親の死をきっかけにまた一緒に住む…ただそれだけの事なのだが、ここからが転落の始まりであった。

■兄の犯した罪

私は兄が嫌いだったが、正直憧れてもいた。

ギターが大好きだった兄は、食事中もギターを抱えているほどの人で実際上手かったのでよく後輩が訪ねて来ては教えを乞うていた。

頭も良く冗談も何処か知的で感心すら覚えるくらいで、そんな兄に嫉妬していたのかもしれない。

しかしまだ当時は20代そこそこの男である。

多額の保険金が自分の自由になるという事実は、彼の人生を大きく変えてしまう。

その頃は毎日が本当に嫌だった。

兄の最も嫌なところは「掃除をしない」ところである。

私も潔癖症ではないが散らかっているのは嫌なので、漫画やコンビニ弁当やお菓子のゴミを常に片付けてはいたが、兄が連れ込む人間がまた大量のゴミと共に去っていく。

それを私と彼女が片付けるのが当たり前かのようになっていたので、家を出るかを正直迷っていたくらいだ。

その頃の私は占有の仕事を回してくれた友人の会社で働くようになり、隣県の寮をメインに自宅にも帰りながら生活していた。

戻る度にゴミ屋敷と化していく母親の残した「我が家」…帰る理由は、それが心配なのもあった。

そんな時にたまたま彼女ともケンカ別れして、いよいよ1人となってしまう。

仕事もまた地元に戻ってきたのだが、勤務先は市内で実家は勤務先までは車で片道1時間半かかる田舎である。

しかも超絶ブラック企業なので、朝の9時から夜中の2時が定時扱いで、更に状況次第では残業もあった。

しかし帰らねば、兄がゴミ屋敷にしてしまう…仕事とゴミ屋敷のストレスと、まだ時期も間も無いので母親への申し訳無さと色々あって正直ノイローゼ気味だった。

家を出たいが母親の残してくれたこの家を、こんなゴミ生産機に任せるわけにもいかず…と、思いながら過ごしていた矢先に事件は起こる。

■転落〜さらば我が家〜

皆さんは、通帳記入をしないと銀行から詳細のお知らせが来る事はご存知だろうか?

それがウチに来たのである。

銀行からなんの貼り合わせ葉書だろうと、貼り付けをめくってみると全2枚に渡り銀行からの明細が記載されていたが、それを見て驚愕した。

始まりは三千万円程あったのが、2枚目の最後の残高と思しき部分が数万円になっているのである。

私は何がなんだかわからず、とりあえず何度も見直してみたが無知な私にもどう足掻いても残高数万円となっているようにしか見えない。

途中の履歴が数十万円単位で殆ど数日おきに引き出されている。県外に居る時に毎晩呑み屋に、従業員を連れて呑みに行っていたのを思い出した。

田舎の繁華街だったが、その店の女の為に貸し切りにしたりと派手な遊び方をしていた事を、その後にその時の従業員から聞く。

兄を問いただしてものらりくらりと会話を避ける。ゴミ屋敷の件もあり、我慢の限界だった私は遂に家を出る決意をする。

しかし、身内は兄1人で保証人も居ない私に転居先など見つからない。

そんな時に、当時勤めていたブラック企業の社長からある提案をされる。

「久々に占有物件出たけど、どないする?」

私は喜んで受けた。これ以上兄と同居は無理だったし、むしろ絶縁したかった。

母親には申し訳ないと思いつつも、最後の財産わけとして自宅を売却する事で他の金は諦め兄と絶縁する事にした。

私は兄と会わないよう仕事終わりに会社のバンにTVと布団と着替え程度を詰めて、母親の仏壇も持って新しい「我が家」へ向かった。

人生で何度目の「夜逃げ」だろうか…考える暇も無い程に、この時は本当に1人ぼっちになった実感しか無いクリスマスイブだった。

移動するバンの助手席に置いていた母親の遺影が目に入った時に、失った「本当の我が家」での僅かな時間に過ごした母との思い出が涙と共に流れていく。

この永い人生で一瞬だけ家族全員で過ごした幼い頃の昔の家の事もフィードバックして来て、涙が止まらなかった。

いつか自分でまた家を手に入れて、母親に詫びると誓いながら暗い夜道を頼りないライトで走った。

次の「我が家」はまた仮住まいの他人の家である。

場所と鍵だけ渡されて、涙を流しながら逃げるようにまだ見ぬ「我が家」へ走った23歳の夜。

当時の私は、復讐という感情しか持たない人間だったと思う。それは兄と言うよりも、金の管理さえ出来なかった自分や見えない社会とかそう言うカタチ無い何かに対しての憎悪。

身内さえ裏切る…そんな孤独しか見えなかった人生が、再びの「占有」を転機に束の間の幸せと、他人の「夜逃げ」に関わる人生の始まりになる。

〜続く〜


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