どこでも住めるとしたら【キャリコンサロン編集部】#4
今回のテーマは「どこでも住めるとしたら」です。うーん、どこがいいかなあ。住むなら、やっぱり「暖かい」ところ、そして「美味しい」ところがいいなあ、なんてアレコレ思い浮かべるんですが・・、今回はお題を少し捻って「私がこれまで住んだ街」について綴ってみたいと思います。
【1】故郷、神戸。
神戸。私の生まれ育った街です。仕事場は大阪だったのですが、家を出ることもなく20代後半までこの地で過ごしました。海と山に囲まれた坂道の多い神戸。学び、遊び、そして音楽と出会った街。様々な思いが、今でもよぎります。一方、「阪神淡路大震災」の時、私はこの地にはいませんでした。震災から数か月後に、現地入りが可能となり、故郷の惨状を目にした時の衝撃も忘れることはありません。そして「あの時、自分はそこにいなかった」という複雑な思いも抱えています。後年、「神戸在住」という漫画に出会いました。私がいなかった時の神戸を舞台にした物語です。私は、まるで「空白の時」を埋めるように、何度も読み返しています。
【2】初めての異邦人体験、名古屋。
それは突然の「異動辞令」でした。「よく考えて」と上司に言われたものの、考える時間は「あまりなかった」と思います。初めての知らない土地へ行き、一人暮らしをはじめる。正直、悩みましたが、新築マンションに荷物を運びこんだ時は、「自由」を手に入れた、という気持ちになっていました。一方、この地での最初の数年は挫折の連続でした。お客さんからも「関西人の人は仕事やりにくいと思いますよ」なんてことを、直接言われたこともあります。「辞表」を出して逃げようか?なんてことを考えたこともあります。結局、音楽活動も再開し、仕事外でのコミュニティも出来き、私はこの地で5年余り過ごしました。大きな都市でありながら、海、山にも恵まれ、懐に飛び込むと受け入れてくれる「大いなる田舎」だなあ、と感じた名古屋。私はこの街で過ごした日々が、その後の自分に「大きな影響」を与えた、と感じています。
※実は、今週末、遊びに行くつもりです。
【3】大都市 東京
そろそろ関西に戻れるのかなあ、なんて思っていたある日、「東京に行きなさい」という辞令をいただきました。転勤も2度目なんで、少しは慣れていたものの、もう一度、あらゆる関係の再構築か?しんどいなあ、とい思いが正直、ありました。本社勤務であり、仕事の幅も大きく拡がりました。その一方で「田舎者のくせに」ってイジメられたのもよく覚えています(笑)。
結局は、この街でも、また音楽活動をし、その関係で妻とも出会いました。
今では、自分のホームグランドといえる場所です。
東京の魅力を一言で言うと「懐の広さ」なんじゃないかと、思っています。
東京という大都市に「紛れ込んでしまう」、ある種の安心感を感じます。
【4】住みたい街とは?
神戸→名古屋→東京と、街を綴りましたが、私にとっては「今の自分」を創ってくれた街だと思っています。もちろん環境面での「住みやすさ」というのはありますが、私にとっては「そこでどんな経験をするか」が大事だと思います。その意味ではリアルに「住む」ということだけでなく、オンラインという「空間」に「いる」ということも、今の私にとって大事なのかなあ、なんて思っています。
それでは、今回はこのへんで。
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