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「いいね罪」の恐怖:杉田水脈議員に損害賠償命令(高裁)

【更新履歴】
2022年10月23日:ヒトシンカ氏のnote記事紹介文を追記。

ゆっくりしていってね!!!!

フリージャーナリストで#MeToo参加者でも知られる伊藤詩織さんが、杉田水脈議員に「名誉感情を侵害された」として提訴していたわ。

訴訟した理由は、杉田議員が伊藤さんを中傷しているツイート25件に「いいね」を押していた――というものよ。リツイートはしていないわ。また、杉田議員自身が行った伊藤さん批判のツイートもいくつかあるけれど、この訴訟の対象とはしていないわ(背景情報として参照はされるでしょうけど、本題にはならないという形)。

本論に入る前に少し注意喚起しておくと、名誉棄損罪(刑法)での起訴ではないわ。名誉感情の侵害(民法, 不法行為)での提訴よ。

ネット上では「杉田水脈議員が、名誉毀損罪に問われている」と間違えているケースも見受けられたわ。ちょっと気を付けてね!

さて。どうして伊藤さんたちは刑事ではなく民事で訴えたのか?

刑事の名誉毀損罪で訴える場合、最終的な裁判所への起訴は検察官が行うわ。彼らには限りなく勝率100%が求められるから、おそらく伊藤さん側も、「いいね」問題のような蓄積の薄い案件では、まず間違いなく検察の判断で不起訴処分になるだけと予想したのでしょう。

加えて、特にSNSにおける「いいね」問題については、地裁だけれど前例はあって、そこだと負けてる(「いいね」で名誉毀損罪は成立しなかった)のよね。

・「いいね!」をしただけでは原則としてそれを積極的に拡散したいという意思までは認められず、元投稿を自らの発信内容とする趣旨とまでは認められないので、単に「いいね!」だけでは元投稿者と同様に名誉毀損の責任を負うとはいえない(ただし特段の事情がある場合には異なる判断になりうる)
・(シェアや)リツイートをすれば、原則として元投稿を自らの発信内容とする趣旨が認められることから、原則として元投稿者と同様に名誉毀損の責任を負う(ただし特段の事情がある場合には異なる判断になりうる)

※強調は引用者による。
※上は東京地判平成26年3月20日ウェストロー2014WLJPCA03208009、下は東京地判平成26年12月24日2014WLJPCA12248028の判決。

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第22回


まあ検察としちゃ、こういうのはやりたくないと思われるのだわ。頑張ってやってもらえたとしても、負けそうだし。

という訳で民事訴訟を起こしたのだけど、まず、前提として、東京地裁では伊藤詩織さんの訴えは認められなかったわ。

その判決文そのものを入手することは出来なかったけど(裁判例検索で頑張ってみたけど無理で、たぶん紙を取り寄せるしかない)、判決文を読んだ人が要約を提供してくれていたわ。

そちらを引用させて頂くわね。

・「いいね」によって示される杉田議員の好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定するに足りる証拠がない
・杉田議員の「いいね」は合計25件と少なくはないが、執拗に繰り返されたとまでは言えない
・詩織さんに対する加害の意図をもって行われたと認めるべき事情も見当たらない
・杉田議員は国会議員で、当時のフォロワー数は11万人だったけれど、その影響力によっても、違法行為ではないという結論は左右されない

小川たまか『【たまたま通信】いいね訴訟の判決文はちょっと変だと思いました』


表現が萎縮してほしくないと考えている私としては歓迎したい判決だけど、いまいち確たる基準もないから、相当ふわっとしているなとは思うところ。「25件は"執拗"ではない」ということだけど、これが2倍の50件だったら"執拗"だったのかとかも気になるし。

これが東京高裁では逆転して、杉田議員に55万円の賠償命令が下されたわ。これも判決文全文は手に入らなかったから、各社の報道の中でも比較的判決のポイントがまとまっていた記事を引用させて頂くわね。

シンプルに、上記の地裁判決を丸ごと反転させた内容だったわ。

判決では、対象ツイートの内容は、「さしたる根拠もなく控訴人(伊藤さん)が性被害を受けたとの事実を否定した上で、控訴人らを揶揄、中傷し、あるいは人格を貶めようとして侮辱するものであるから、控訴人らの名誉感情を侵害するものと認められる」と指摘。これらに「いいね」を押して賛意を示すことは、同様に名誉感情を侵害するものだとした。

「いいね」の回数が計25回に上ったことや、杉田議員が「いいね」以外にも伊藤さんに対して揶揄や批判などを繰り返していたことに触れ、「単なる故意にとどまらず、控訴人の名誉感情を害する意図をもって(「いいね」の)押下行為を行ったものと認められる」と判断した。

さらに、杉田議員が当時11万人のフォロワーがいたことや、国会議員であることから、「その発言には一般人とは容易に比較し得ない影響力がある」として、「いいね」を押した行為が「名誉感情を違法に侵害するもの」だと認定。「控訴人の精神的苦痛は軽視し得ないものというべき」だと結論づけた。

※強調太字は引用者による。

伊藤詩織さん中傷ツイートに「いいね」、杉田水脈議員に賠償命令 東京高裁


地裁と高裁の変化をまとめると、こんな感じ。

  • 「いいね」では好意的・肯定的とは限らない→杉田議員は伊藤氏を自身のツイートで批判していた"背景"があるので、好意的・肯定的と受け取れる。

  • 25件の「いいね」は執拗とまではいえない→25件は執拗といえる。

  • 国会議員であることやフォロワー数の多さは関係がない→国会議員であること及びフォロワー数の多さは関係がある。


いや運のみかよ!! 裁判官さんの気分に依存しすぎるのだわ!?

25件が"執拗"かどうかなんて客観的かつ一意に定まるはずはなく、別にTwitterにおける「いいね」なんてワンクリック(ワンタップ)で済む操作だから、かけた日数次第では500件でも少ないという議論だって出来るでしょう。

「11万人というフォロワーが多い」という話も、人気の漫画家やイラストレーター、ゲーム実況者やVTuberに比べるとゴミみたいな数字だとも言えるわ。

参考までに言っておくと、『Hunter x Hunter』の連載再開が楽しみにされている冨樫義博さんのフォロワー数は300万、著名イラストレーターの米山舞さん90万、ゲーム実況界の覇王ことキヨさん190万、VTuberのTwitterフォロワーランキングでトップに君臨する白上フブキさん140万と、「何をもってフォロワー数が多いとするか?」は謎めいているわ。

何なら、えーと……白上フブキさんのこと、私、知らなかったわ。

フォロワー数が多くたって、知らないものは知らないのよ。

こういう「考え方次第だよね」としか思えない「恣意的な基準」を、表現規制について「判断/判定/評論する」際の強い根拠として掲げるのは大変危険よ。

今回の高裁判決は、決してフォロワー数が11万よりも少なければ、公人でなければ、批判の文脈のツイートをしていなければ――「いいね」だけなら安全だと保証してくれているのではないわ。

私は現在、ありがたくも5,700人くらいの方からフォローを頂いているけれど、これを「少ない」と見るか「多い」と見るかなんて実際のところ分からない。

そのうえ、仮にフォロワー数が0であっても、「インターネット上で不特定多数がアクセス可能な状態で公開されている」点を重視して判断されたら、それは「公共の場で叫んだのと同じである」と言えるわ。

私に「いいね罪」は適用されるのか? その答えはまったく不明よ。

そうなると、必然的に安全係数を大きく見積もるしかない。私は高裁判決を見て、ただちにツールを使って自分の過去3,600件のいいねを削除したわ(Twitterの仕様上、ツールを使って一度に削除できるのは3,600件が限界)。

おそらく私は名誉毀損や侮辱にあたるようなツイートに「いいね」は押していないとは思うのだけど、そもそも「何をどこまで言っていれば"批判"としての受忍限度を超えた名誉毀損や侮辱等にあたるのか?」が判然としていないから、「いいねも自分の発言と同程度に訴訟問題になる可能性がある」と認識しておいた方が良いでしょう。

Twitter上では、「杉田議員の場合は〇〇だからダメだった。自分はそうではないから大丈夫」という論調が一部に見られるけれど、それはおそらく杉田議員も「過去の裁判例で、いいねだけでは名誉毀損罪が成立しなかったようだから、大丈夫」とか一応何らかの判断はあったと思うのよ。裁判例まで調査していたかは別としても。

加えて、地裁の段階では、本当に司法判断において「~という理由で、大丈夫」と言われていたものが、高裁では「~という理由で、大丈夫ではない」と言われてしまったわ。最高裁ではどうなるか分からないけどね。

実際、杉田議員が直接行ったツイートで伊藤さんに対する明らかな誹謗中傷があれば、伊藤さん側もそれを訴訟の対象にしたでしょうし、発言に気を付けてはいたと思うわ。「自分はそうではないから大丈夫」論と根本的な発想は同じよね。

この「何が急にアウトになるか分からない」「それなのに、自分は大丈夫なはずだと信じてしまっている(正常性バイアス)」の危険性については、以前にとつげき東北さんがnoteで次のように指摘しているわ。

とあるフェミニストに対して「おっぱい大きいですね」と書いた結果、侮辱として開示請求が通り、裁判で負けて賠償金を支払ったということもしばしば起きているそうです。

普通の反応として、「それはリプライを直接送ったからだ」「セクハラにあたるからだ」と考え、「その人が『悪いこと』をしたのだ。そういう事をしない自分は大丈夫だ」と整理してしまえば楽でしょうね。しかし、それがまさに「正常性バイアス(すごくいい加減に言うと、「自分だけはこの危機の中でも大丈夫なはずだ、と思い込む心理的なバイアスのこと)」です。
上の例で大事なのは、書き手がその時点においては「まあ、この程度の表現は大丈夫だろう」と考えていたことです。「大丈夫」とは、たとえば「たくさん文句がくるかな」のレベルだったのかもしれませんし、「通報されてアカウントBANされるかもな」かもしれません。しかし、違いました。過去の事例ではありえなかったことが起きたのです。
書き手にとって「大丈夫」だと確信していたラインが、実際の世界で実質的にものすごく手前側に動いたわけです。あなたが今感じてる「ここまでは大丈夫、これ以上やると『悪いこと』に違いない」という思いは、まるであてにならないのです。

また、同様にして「批判は良いが、誹謗中傷は良くない。自分は他人を批判しているが、誹謗中傷はしていないので、大丈夫だ」というように、「勝手に自分でラインを引いて、それを守っていればOK、破った人はダメ」決めたがる人が大勢いますが、本当によろしくないです。批判か誹謗中傷かを決定するのは最終的に司法組織(かもしれませんし、所属する組織だったりもします――法的にセーフでも、組織としてアウトはよくあります)ですが、そのあたりのライン引きもかなりランダムに動きます。「法律の専門家(または人事の専門)だから正しく"客観的に"見分けて、ちゃんと自分をセーフにしてくれるはずだ」と、けっこう多くの人が共有しているようですが、残念ながら全く現実に成立しておりません。
(中略)
同様に、多くの方々が「何のリスクも感じずに」ブログを書いたり、SNSで何かを発言したりすることは、常に危険を伴います。その度合いは年々強まっており、今やほとんど運次第でリスクが突如顕在化されるといった様相を呈しています。周り皆がやっているから大丈夫ではありません。「皆のうち、誰が捕まるかが運のみで決まる」のが怖いのです。「もしもSNSで発言していると30%の確率で逮捕されて社会的地位を失う」とすれば、大半の人はSNSを「自主規制」、するでしょう?

それがまさに実は、手嶋さんの取り上げられた今回の「事案」でした。
ある種の社会的立場を持った人からすると受け容れがたい――無敵の人でない限り――実質的な人生への大打撃が生じる現状、現在の日本に表現の自由が存在するとは到底思えません。

とつげき東北『【オープンレター】表現の自由などない問題を共有したい』


そもそも、専門知識を有していて、過去の裁判例も参照しているはずの地裁の裁判官でさえ、高裁では「それは間違った判断だ」と指摘されてしまった形よね。

じゃあ、私たちを含め、「これは大丈夫」「これは過去の裁判例では云々」という話をしているけれど、それってこの現状を見るとどのくらい意味があるのかしら? 本件がもし最高裁まで行ったとして、「正しい判断」がどちらに転ぶか、私たちにはほとんど予測不可能よ。


だって、名誉感情の侵害の成立・不成立のどちらを支持していた人も、地裁または高裁の判決のどちらかには既に裏切られた訳だから。

加えて、ヒトシンカさんが私の本記事を引用して、次のようにコメントしてくださっているわ。

今回、高裁では、杉田議員の「いいね」が、伊藤詩織氏の名誉感情の侵害する目的・意図で行われた認定したけれど、ヒトシンカさんは「それは変ではないか?」との旨で疑問を投げかけているわ。

 ここで一つ注意を促しておきたい。
 ここで手嶋氏がまとめている要素の多くは、単に伊藤詩織氏の名誉感情の侵害を「結果としてもたらした」だけの話ではなく、杉田水脈氏が名誉感情の侵害を「目的とした」と認定している根拠なのである。
(中略)
 つまり杉田氏が「伊藤氏の名誉感情を害するために」低い低い倍率を突破して自分の「いいね」が伊藤氏のタイムラインに載って、それを見逃さずに彼女が見てくれることを期待していた、と判決は言っていることになる。

 ……いや、しないでしょ。
 どう考えても、25回やそこら「いいね」したくらいでは、それが伊藤氏に届いて「名誉感情を害して」くれるとは期待できない。
 
訴えに至らなかったレベルのいいねも100個ほどあったらしいのだが、それを足しても焼け石に水である。
 杉田氏は自分でも伊藤氏を批判・揶揄した文章をツイッターに投稿している。それによって名誉感情を害されたと言うならまだ分かる。
 しかし、いいねがその感情を害する手段だというのはおかしい。
 故意にやるにしては成功率が低すぎる手段だからだ。

ヒトシンカ『『「いいね罪」わかるとイイネ!』2022-10-22』

確かに「よっしゃ! あいつの精神にダメージを与えてやろう!」と思ったなら、「いいね」という手段は成功確率がものすごく低いわよね……。

さて。私にできることは、「いいね罪」が不成立になることを祈ることくらいかしら。

「表現の萎縮」を更に強くする結果にしかならないから、積極的に反対していきたいわね。

今回は以上!

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