追突事故【朧車】
老人と忍が薄暗い八畳間の茶室で話している。
老人がゆっくりと腰を起こして立ち上がり障子を開くと、勢い良く幾匹かのカラスが窓辺から羽ばたいて行った。
か細い骨と皮だけの腕が、硬く錆び付いた桟を解き、硝子戸をガラガラとこじ開ける。
木枯らしと共に冷たい風がひゅるりと流れた。
「あいや、これはこれは…酷い荒れ様だな。世話になっとる矢太郎んとこの米屋、先の妖が衝突したのか?壁が大きく歪んどるわい…」
「デカイ轍が地面をえぐるように残っているだろう。オボログルマの足跡だ。…大御所共は整備だ警備だと口を揃えてる、そんなに金掛けて街の工事に手を焼くのなら、いっそ妖怪全部を賞金首にでもしてやれば早い話なんだ。大物狙いだと言って日頃は怠けて鞘から刀を抜かぬ侍も、喜んで仕事に精を出すだろうに」
彼奴等にちょっかいなど掛けたら、鞘から剣先が出る前に喰われて、其れで、しーまーい。
忍は老人の惰弱な返答に、そうかね?とだけ薄ら笑み、煙草に火を付けた。
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