ロックダウンがきっかけで冷凍庫を買ってから塊肉を捌くようになった話
コービッド19のロックダウンのはじめに焦ってチェスト型冷凍庫を買いストックできるスペースが増えてから肉を6~8キロの塊で買うようになった。
住んでいるのが農業が盛んな州なのであちこちで肉牛や豚が飼われている。それらの家畜を精肉するMeat Lockerと呼ばれる加工所が随所にあって消費者がLockerから肉を直接購入するのは普通のことのようだ。ただ、食料品店のショーケースで直接肉を見て選ぶのと違い、肉の部位、名称と形態(ステーキとか挽肉とか)を言って注文できる知識が要るのと、一回に買う量が多い。牛を4分の1頭買ったとか言うのは、4分の1頭分の肉のことで、Lockerで冷凍保存しやすい様にステーキ用とか挽肉に小分けしてくれる(らしい。私はまだMeat Lockerで買った経験がない。)
地元の人のなかでも、スーパーマーケットでしか肉を買ったことがない家庭で育った人と、頻繁に買い物に出られないから家に大量のストックをする農村地域で育った人とでは経験値に大きな差がある。私は移住後二十数年間ずっと牛肉はスーパーの肉売りカウンターで厚切りステーキを1枚買って、自分でそれを縦に薄切りにするなどして使っていた。
食肉の部位の名称がいつもうろ覚えなのだが、部位のほかに、肉のランクというものも解っているほうが良い。スーパーの肉カウンターにもUSDAチョイスとかプライムとか札が付いている。USDAはU.S. Department of Agriculture(アメリカ合衆国農務省)の略称で、小売りの牛肉はPrime, Choice, and Selectの3ランクで(プライムが上級)、下級のStandard, Commercial, Utility, Cutter, and Cannerはひき肉か加工肉用のランクで食料品店では出回らないらしい。
調べてみると、牛肉のランクが細かく分かれているのに比べて、豚肉は小売りしていいレベル(Acceptable grade)か、加工用(Utility grade)の2ランクしかない。鶏、七面鳥などの鳥類の肉はA,B,Cの3ランクで、Aランクが小売店で鶏肉として売ってよいレベル、B,Cランクは何かに加工した状態なら小売店で売ってもよいレベルとある。
同じ日本人でも私よりずっと後にアメリカに来たのに、パートナーの生活スタイルにあわせていちはやく順応している人もいる。友人のひとりは電動スライサーと真空パック機を駆使してしゃぶしゃぶできるような薄切り肉を小分けで冷凍して、和風のおかずがさっと作れる環境を整えている。彼の家の冷凍庫をあけると分類された真空パックの肉がずらりと美しく並ぶ。
私にかたまり肉の注文方法を教えてくれたHさんという友達がいる。その人はとても小食で菜食に近く、肉の大量買いからはおよそかけ離れて見えるのに、「牛肉は少し値段が高くても美味しいのが食べたい」という旦那さんの要望でステーキ肉をかたまりで買い、店頭で切ってもらっているそうだ。彼女はLockerからではなく肉の仕入れに特化した小さな食料品店で買うと言う。私にとってLockerは敷居が高いのでそういう店の方が行きやすそうだ。「今度肉買いに行くとき一緒について行ってもいい?」私は彼女に付いて肉の注文のし方を見学することにした。
初めてHさんと一緒に隠れ家的肉売り場がある小さな食料品店を訪れた時、まず駐車場に停まっている巨大な肉牛の像が目を引いた。胴体に広告文字が入れられるようになっていて、誕生日とか卒業祝いパーティーにレンタルできるそうだ。店舗はすごいレトロな雰囲気。
店内に入ると、肉と蒸留酒が店のメジャー商品なのがわかる。肉売り場は一番奥にあって、いろんな肉が血みどろな感じでパックされて積まれている。ソーセージの品揃えも充実している。Hさんは「広告の品のチョイスグレードのサーロインステーキ、あまり大きくない塊のを3/4インチにスライスしてください。」という感じに注文していた。食パンの6枚切りとか8枚切りとかと同じ。塊は12〜16パウンドの重さのひらきがあるから小さいのをお願いするそうだ、なるほどね。その日は偵察だけで帰った。
後日プライム肉の特売週に出直して13パウンド(6キロ)の塊を買った。自分はステーキに切ってもらわずに丸のまま家に持って帰った。包みを開けて驚いたのは脂肪の層の厚さ。プライムステーキ肉が1パウンド5ドル99セントは確かに安いがそれはトリムされていない分厚い脂肪を含んだ値段なのだ。Hさんによればそれでもずいぶんとよそで買うよりも割安らしい。どうやってこの脂肪の層をはずせばいいのかしばらく途方にくれる。効率よく作業するのには家のまな板が小さすぎるし、三徳包丁とフルーツナイフとパン切り包丁しかない。消去法で三徳包丁を研ぎ、できる限り大きな脂肪を削ぐ。一度縦長にふたつに切ってラップして冷凍庫で肉が軽く凍るまで待った。
少し凍って切りやすくなってからできるだけ薄く包丁でスライスしていく。カレー用に角切り肉も用意した。真空パック機は持っていないからフリーズンシールというベタベタした感じの冷凍用ラップでなるべく空気を除くようにして200グラムくらいずつピッチリ包装したのを金属のトレーに入れてチェスト型冷凍庫に保管した。
しばらく三徳包丁でがんばっていたが、相変わらず脂肪をはずすのに手こずるので、YouTubeでやりかたを検索したら, Butcher Wizardというチャンネルでおじさんが、6インチのBoning Knife(骨スキ包丁?)を買え、これ一本でオッケーだ、と言ってサクサク作業していた。とても使いやすそうなので最近になってレストランサプライショップで骨スキ包丁を買った。この記事冒頭の写真のナイフがそれ。
本当は友達が持っているような電動ミートスライサーがあれば薄切りが簡単だけど、家が狭くてキッチンに置き場がないし、使うのがちょっとこわい。色々調べてみて中華包丁も捨てがたいなあと思う。ただ包丁がおおきい分、砥石も大きなのがいる。シカゴの中華街にでもいかないといい砥石が手に入らないかもしれない。とりあえずは購入した骨スキ包丁でやっていこうと思っている。
コービッド19のロックダウンからこんなふうに成り行きで家で肉を処理するようになった。肉を切っている最中は手が脂まみれになって面倒だけど、ロックダウンの間は大きな食料品店では入店できる人数制限があったり、店内の通路が一方通行になったりとルールが頻繁に変わり不自由だからなるべく行かないようにしていた。家に肉が充分あったから時々近所の小さな自然食ストアで野菜や卵を買い足してやり過ごすことができた。
今はインフレで肉も高騰する中、くだんの隠れ家的肉屋は値段据え置きで頑張っているので、今も数ヶ月に一度の頻度でそこで肉を買っている。