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我々は、彼らが今見せてくれていることから学ぶべき重要な時にいるかも(Final 3-4)#VNL2023

(写真FIVB)


ニッポン男子バレー世界大会46年ぶりのメダル獲得おめでとうございます

バレーボールのナショナルチーム世界のトップ16チームが競い合う
FIVBバレーボールネーションズリーグ2023
ファイナルラウンドは、ポーランドで行われ、バレーボール男子日本代表(世界ランク6位)は、この大会初のメダルを懸けた3位決定戦で、世界ランク3位のイタリアに、セットカウント3-2のフルセット、の末勝利しました!
(①25-18、② 25-23、③17-25、④17-25、⑤15-9)

イタリア戦、試合のスタートの布陣は、
OH:石川祐希、髙橋藍
OP:宮浦健人
MB:山内晶大、小野寺太志
S:関田誠大
L:山本智大

この大会の前身であるワールドリーグから通して初となる銅メダルを獲得しました。同時に、男子バレーボール日本代表がオリンピック、世界バレー、ワールドカップを合わせた、これら世界大会においてメダルを獲得するのは、1977年のワールドカップで銀メダルを獲得して以来の、46年ぶりのこととなりました。

選手、スタッフ、関係者のみなさん、そして日本のバレーボールを応援するすべてのみなさん、本当におめでとうございます。

今こそ「道のり」を振り返るべきとき

バレーボール男子日本代表チームが、国際大会でメダルを獲得した直近のものは、すべて1970年代のものです。
金メダルは、1972年のミュンヘンオリンピック
銀メダルは、1977年のワールドカップ
銅メダルは、1974年の世界選手権


遠い過去とはいえ、チームスポーツで日本が世界の頂点に立っていたという事実だけでもすごいことではあるのですが、遠く国世界大会での低迷が約半世紀も続いた長いトンネルと打破したこともすごいことだと思います。

なぜ、今、強くなったのか?ニッポン男子バレー

ここ最近、多くの人々の間でバレーボール、日本の男子バレーの話題になっているという声が聞こえてきます。従来のバレーボールファンだけではない方たちからも「なんで男子バレー強くなったの?」などといった問いかけも出てきているとか。それだけ、今、多くの人の関心事になってきているのは嬉しいことです。
(日本の男子バレーが)「なぜ、今、強くなったのか?」
この問いかけに対する答えは、指で数えられる程度ではない、たくさんの要因があると思います。
日本人選手の海外経験、外国人指導者の招聘、国内リーグ(Vリーグ)の国際化とレベルアップ、大学バレーや春高バレーのレベルアップ、そして現チームの優秀な選手たち・・・各所で言われている要因はどれもそのとおりだと思います。

約半世紀ぶりの世界大会でのメダル獲得は本当に素晴らしいことであり、みなさんと歓喜を分かち合いたいことです。
同時に私は、どうしてもそれまでの道のりやプロセスをもう一度振り返り、約半世紀もの間の低迷がなぜ起きたのか?そして、なぜその長い低迷をわずか数年間で打破することができたかを総括・検証をしておくことが、さらにこれからの日本のバレーボールの進化には必要なのではないかと考えます。
 今の日本のバレーボールファンの多くが、1970年代の世界を席巻した日本のバレーボールを知りません。そして、多くの人が、日本のバレーボールは世界の中では勝てないという認識が広がっていました。
 それらを払拭にするのは、まさに「今でしょ!」ということを確かめ合いたいわけです。

「できない理由」から「できる理由」へ

バレーボール男子日本代表チームの進化、それだけではなく、日本の男子バレーではここ数年で目覚ましい進歩が見られています。Vリーグ、大学バレー、春高バレー・・・それぞれ、日本代表の活躍とリンクしているようにも思えます。
・日本人選手の海外リーグへの移籍など海外経験の増加
・海外遠征
・外国人指導者の招聘
・国内リーグ(Vリーグ)の国際化とレベルアップ

さまざまな要因があろうかと思いますし、各方面で話題として取り上げられています。

個人的に挙げておきたいのは、
日本のバレーボールにある「マインド」の変化です。

日本のバレーボールの数十年に及ぶ低迷期間では、実は多くの人々のいろんなチャレンジがありました。誰よりも先駆けて海外リーグに挑戦した選手もいました。世界トップコーチが代表監督に就任するチャンスもありました。日本人コーチが海外で活躍する人もいました。有識者の間では、いちはやく世界のバレーボールを分析し、日本のバレーボールのアップデートを提言する機運もありました。最近は、演出面でも国際化を図ろうとチャレンジしている裏方の方々もいます。
しかし、そういった今思えば「必要だったこと」「当たり前なこと」も、ことごとく「できない理由」によって、見逃されてきた感があります。
 
例日本のバレーボールの世界の一端に身を置く者として、かつてはいろんな「できない理由」を耳にしてきました。

・日本人は高さとパワーでは勝てない
・体格の差で勝てない
・外国人指導者とはコミュニケーションに限界がある
・外国人指導者は招聘できない
・お金が無い
・世界と同じことをしていては勝てない

しかし、今どうでしょう?日本代表の選手たちは、世界の強豪チーム相手に素晴らしいパフォーマンスと戦い方を発揮しています。世界の中でも名高い外国人選手や外国人指導者も、国内リーグであるVリーグでも活躍しています。そして今は、日本代表チームを指揮しているのは、外国人監督(フランス人)フィリップ・ブランです。日本代表の選手たちの平均身長が急激に大型化したのでしょうか?そう言えるとは限りません。

準決勝では、結果的に今大会優勝したポーランドとも、最後まで見ごたえのある試合運びを見せました。そんな今の男子日本代表チームのバレーボールは、かつて言われてきた「できない理由」を見事に覆したものになっているということは、みなさんに知ってもらいたいのです。そしてそこに至るまでには、選手やスタッフだけではない、組織の英断や総力をあげた取組がありました。また、東京2020オリンピックまで率いた、中垣内前監督の当時のマネジメントも大きかったと思えます。

「1970年代」がキーポイントであると考える

今回のVNL2023の日本代表男子チームの46年ぶりのメダル獲得の歓喜ですが、「46年前」つまり、1970年代のバレーボールに注目してみたいわけです。私も生まれていません。聞けば、世界大会の実績もさることながら、日本国内のバレーボール熱や人気も相当だったようです。思い返せば自分が物心がついていた80年代から90年代でも、当時ブラウン管テレビの時代に、普通に夕方やゴールデンタイムにワールドカップの試合や土日の日中には日本リーグやワールドリーグの試合、しかも海外勢どうしの試合が放送されていました。

この1970年代に日本の男子バレーは世界のトップの一翼を担っていたわけですが、その後1980年代から今日まで、低迷していきます。この間に何が起きていたのか?
まず明らかに言えることは、「ルールの変更」が要因だと考えられます。
バレーボールは、スポーツの中でもルール変更が多い競技だと言われています。
日本の低迷期の間になされたルール変更をみていくと、1970年代当時のバレーボール競技と今のバレーボール競技とは別物といってもいいくらいに変更されてきています。
主なものでも、

・ブロックのワンタッチをカウントしない
・ サーブのブロック禁止
・ファーストタッチのダブルコンタクトの許容
・サービスエリアの廃止
・ひざから下でのプレーの許容
・リベロ制の導入
・ネット・イン・サーブの許容
・サイドアウト制からラリーポイント制への移行

これに加えて、ボールの改変も何度か行われているわけです。さらには、映像技術の進歩やデーター分析と活用、フィジカル的なトレーニング論や、当事者の情報機器を用いたコミュケーションツールなど・・・日本が低迷していた46年間は、ルールやボールだけではなく、技術の進歩もあり、世の中の価値観も大きく変わってきたわけです。

こういった目まぐるしいバレーボールのいわば「制約の変化」によって、バレーボールの戦術やそこから求められる個人スキルも変わってきて今日の現代バレーのスタイルに至っているわけです。

ここで、日本のバレーボール低迷の要因一つとして言えることは、これらのバレーボールを取り巻くルール変更やそれに伴うバレーボール自体の世界の変化に、日本は(結果として)対応することができなかったことが考えられます。
 これは、実は日本の国内における、「バレーボール観」にも同じことが言えると思っています。バレーボール観とは、プレーヤーとしての世界観や指導者(コーチ)の指導方法などが含まれます。
代表的な例で言うと、

・要素還元的なスキルの分解とパターンプラクティス
・形態模写(型はめ)的なターゲットムーブメント
・徹底的かつ長時間のネットを介さず行う反復練習
・時短的な「はやい攻撃」の重視の時間差コンビバレー
・日本人にはバックアタックは決まらない論
・限定的なボール処理(正面など)
・とにかくセッターを動かさないAパスの返球
・スプレッドからのネット正対ブロック
・サーブはミスを回避し、確実に安全に
・高さやパワーよりもはやさと正確さ
・世界と同じことをしていては日本は勝てない
などなど

こういったプレー観や指導観が、平成期は当たり前だとされ、その間世界のバレーボールは、ルールの改正と4年に一度の集大成となるオリンピックのたびに変化しているにもかかわらず、日本ではなかなか変わることはなかったのです。

いつも言わせていただいておりますが、1970年代の日本のバレーボールの輝かしい実績は、当時の日本のバレーボール関係者の研究と試行錯誤の成果であり、総力をあげての協働だったことは間違いなく、今でも敬意を評さねばならないことです。
しかし、その後1980年代以降において、70年代のノウハウや情熱をそのまま伝達し継承に取り組んだ結果、日本は、世界のバレーボールの潮流にコミットできたか?残念ながらそうではなかったと言わざるを得ません。現代において、当時の取組を否定したいのではなく、同時に80年代90年代にも努力や試行錯誤がなされていたことも認めつつ、低迷期において「結果として」世界のバレーボールをとらえきれなかったことに関しては、総括や検証をすべきだと考えています。


彼らが教えてくれている「バレーボール」

ですので、今のバレーボール男子日本代表が、どんな戦い方をしているのか。何がすごいのかを注目するだけではなく、かつての栄光の時代のバレーボールから何がどのように違うのかを洗い出し知っておくことは、今の日本代表の素晴らしさをより深く知る上でも必要だと考えています。


「ハウツーの模倣」と「オペレーションシステムの導入」は意味が違う

日本人選手の海外経験の増加、外国人指導の招聘・・・それらによって、従来のいろんな意味での「当たり前」が変わってきたことは間違いありません。

・バックアタックを組み込んだ、アタッカー4枚のシンクロ攻撃。
・予測や憶測に重きが置かれたブロックではなく、セット(トス)されたボールの行方を瞬時に正確に把握するリードブロックへの移行。
・セッター以外の選手からも、セッターと同等のセット能力を発揮する。リベロのセカンドセッター化から、バックアタックをからめたフェイクセットのプレーへ。
・相手ブロックの虚を責める「はやい、ひくい、近い」の高速攻撃志向から、相手ブロックのパフォーマンスを上回るハイパフォーマンス攻撃重視へ

こういったことが、当初は「やるべきこと」として導入され、ゲームの中で遂行されていったと考えられます。
そして、バレーボールのゲームをとおして、継続して世界の強豪チームとの対戦を積み重ねていく中で、一つ一つのプレーや「TODO」の文脈や意味、その必要性が浸透していったのではないかと思えます。そして、やるべき方法を遂行することが目的化するのではなく、それらを手段として駆使しつつ、対戦相手のバレーボールを把握しながらゲームを制するという目的にフォーカスできるようになってきたのではないでしょうか?

(2015年から)

(2019年から)

手段と目的を間違わない。手段の目的化を脱し、バレーボール本来の目的にフォーカスする。そしてそのために必要な考え方、数的優位や位置的優位、質的優位などのゲームモデルを共通理解として、選手たちが自分たちのもっている能力を主体的に発揮し、即興的に瞬時の判断でゲームをデザインし表現していく。
点と点の関係で考えられていたバレーボールが、「線」や「面」の関係性となって機能していく。いわば、個人に依存し個人に左右される集合体的なバレーボールから、チームがチームとして組織として、機能や対応していく集団としてのバレーボールになってきたのではないでしょうか?

ハウツーやTODOの導入段階から、世界のバレーボールで装備されている、バレーボールの今の考え方=OS(オペレーションシステム)を手に入れたと言えます。これによって、対戦相手の分析も自チームの分析や評価もクリアになり、課題や問題点の点検や修正も明らかにしやすくなります。組織の中における個人の能力の発揮も主体性が増し、そのリカバリーも主体的にできるようになってきたのが、今の姿につながっていると思います。


パーツ勝負ではなく、「バレーボールそのもの」の勝負

石川選手や西田選手、髙橋藍選手や宮浦選手、関田選手・・・コート上に立つ選手の多くが、海外でのプレー経験をもとに日本のバレーボールに新たな風を吹き込んでいます。そしてブラン監督のビジョンやプランがさらに選手たちを高め、世界のバレーボールの考え方や感覚が浸透してきているのだと思います。そういう意味では、選手やコーチには海外での経験や実績が非常に日本にとっては重要なエッセンスであると言えます。小野寺選手、山内選手、高橋選手らMB陣のレベルアップも著しく、リベロ山本選手はいまや世界の脅威となっています。

加えて私は、ただ単に「選手は海外に出ていくべし」、「積極的に外国人指導者を招くべし」という論に終わってほしくないということを考えています。

誰がいるか?誰が来たか?という、個人をバレーボールのパーツとしてとらえるのではなく、そういった経験ある選手や指導者たちが集まった時、チームに、彼らが取り組むバレーボールというものに、どのような相互作用やシナジーが起きているのか。バレーボールが部品の組み立てによる機械的なものではなく、意思をもった人間であるプレーヤーたちの協働の中で生まれるシナジーによる複雑系の営みであることがわかります。

バレーボールは、指導者がつくるものでもなければ、指導者がリモートコントロールするものでもなく、それい以上に選手の主体的な営みを中心に、関わるすべての人員の試行錯誤で、「形成される」、「生み出されていく」ものなのです。

今後私たちは、バレーボールをよりバレーボールとしてとらえていくことも大事になってくると考えています。誰が?以上に「それによって何が起きているのか?」に注目していきたいです。


きっとこれからがさらに面白いニッポン男子バレー

もはや日本の男子バレーは世界と対等に戦えるようになりつつある。海外経験の多い選手が増え、外国人指導者も日本のバレーボールに当たり前のように参画する時代になってきており、日本のバレーボールのこれからの進化や発展は目が離せないです。
「誰が出ても戦えるバレーボール」、「誰がコートに立っても活躍できるバレーボール」のより高みを目指し、日本の男子バレーのチャレンジは続いていくのだと思います。

 46年ぶりの世界大会でのメダル獲得をみんなで喜び合うと同時に、メダルの色にはまだ上がある。世界ランクもまだ上がある。その「上」をつかみとれる日を、私たちはこれまでにない現実的な感覚で期待できる段階まで来ています。
今回のネーションズリーグ2023は、日本の男子バレーのゴールではありません。いつか、このプロセスが、大きなポイントであったと振り返ることができる日を楽しみに、みなさんでこれからも注目し、バレーボールで盛り上がっていきたいものです。

改めて、関わるすべての方々に「おめでとう&ありがとう&これからも頑張りましょう」を伝えたいです。

これからますます「ハイキュー!!の国ニッポン」のバレーボールを楽しみにしていきましょう!


(2023年)

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