仕事について

2024.2.8
大学を出て、働かなかった。
半年後別の大学に入って、来月何とか卒業する。そして再来月働きはじめる。
進学の本質的な理由は働くのを先延ばしにするためだった。でも進学先を選んだ理由はちゃんとあるから、人に話すと、立派だね、と言われて少し困惑してしまう。この前初めて会った人に「私の周り働けないがちの人多いからなんとも思わなかったー(笑)」と言われて、この軽さはとても有難いなと思った。
わたしは立派な人間では、とてもない。
そもそも立派な人間などいるのだろうか。
よく偉業をなしとげた人のプライベートが散々だったという逸話が面白おかしく語られるけれど、嘘をつかない、人に優しく、自分を大切にして、家を整理整頓できる人が、私はとっても立派だと思う。毎日勤勉に暮らしている人が、私の世界では1番立派な人だ。

大学を出て働かなかったけれど、再来月からは働く。不安で押しつぶされそうになる。大学を出て結果的に働かなかったが、実は働こうとしていた。教材の訪問販売の営業の仕事だった。すごく辛かった。その日の頑張りが何もかも無駄になってそれを一言で片付けられた日の夜、夫にしがみついて大泣きした。翌週から仕事を休んでそのままやめた。働きはじめて半年経った日の事だった。
耐えればよかったのかもしれない。働き始めてから、これは長く続けていたら心か体のどちらかが壊れるなと予感した。心か体のどちらかが壊れるまで、耐えればよかったのかもしれない。訪問販売の営業なのに、訪問先が確定するのは前日の23時過ぎてからで、遅いと0時を回った。それは自分が休んでいる間もその時間に働いている上司がいるという意味でもあった。訪問先が自宅から2時間かかろうと3時間かかろうとお構い無しで、訪問して契約が取れなければその日は無給だった。営業が終わっても直帰していい訳ではなく、営業用テンプレートの話法の練習や翌日の営業の打ち合わせ、事務作業をするために都内某所にある事務所に帰ってこいと言われた。そこから自宅まで1時間はかかる。(夫の引越し先が今の自宅に決まった時絶望的な気持ちになったのも、そういえばこの仕事がしにくくなるからだった。)週に三回以上終電で帰って身も心もボロボロだった。ソシャゲしか楽しいことがなかったのでずっとゲームをやっていた。訪問先では契約がうまく取れないこと以上に、子育てが思うようにいっていない、もしくは収入があまり多くない、あるいはその両方の問題を抱える家庭に、「子供の学力」と「新たな出費」のふたつの問題を同時に突きつける時に生まれる、不穏な空気に耐えねばならぬのがかなりきつかった。
誰だって親になるのは初めてで、上に兄弟がいたとしてもたったひとりのその子のことを考えると、最善の答えを出すのは難しいことらしかった。教材費が高いと言って断る気持ちも分かる。でもこの学力じゃそんな事も言ってられないでしょう、と言いたくなるおうちもあったし、せっかく初めからお父さんも同席してくださいと促しているのにお金の段になったら入ってきて高いから断れと子どものやる気(と私の契約)に水をさしてくるおっさんも多かった。だんだん客のことを馬鹿にするようになってきた。お前らが甘やかして育ててるからこんな馬鹿な子どもに育ってるのに、まだ勉強させないつもりかよ。とか、そんなサービスうちでやってないってんだろうが。とか、本当に心が荒んだ。
そんな半年間のせいで、私は今も働くのが怖い。給料と休みが出て、自分の気持ちが納得する事業をやっている、ちゃんとした会社を、一応選んだつもりだ。訪問販売はバイトだったのだが、今回は何社も説明を聞いて何社も面接を受けて、その中の一社だった。ダメでも1年はしがみつく気でいる。
なぜなら社会人経験が1年でもあると、業務委託の仕事を受ける時の社会的信頼になるからである。
私は文章を書くのが好きなのでなんでもいいから文章を書くのを仕事にしたいなーと思っている。小さい仕事でも興味のないことでも執筆する力はある程度ある。ないのは職業人としての経験である。
今は業務委託で、ナイトワークの情報サイトで運営コラムを担当している。これがいつか、何かに繋がりますように。祈りのような気持ちは、私の口座のなかにある幾ばくかのお金に姿を変えて、私はそのお金だけは全額貯金している。

働くの怖いなあと思いながら書いた文章を、いつか笑い飛ばせたり寄り添ったりできたらいいなと密かに思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?