見出し画像

あの時間はきっと花園だった

 10年ほど前、僕は中学生の女の子だった。大嫌いな制服のスカートに足を通し、大して楽しくもない学校へ向かう毎日だった。

 僕は今でこそ自分がバイセクシャルであることを自覚しているが、そんな言葉が聞き慣れなかったあの頃、周囲の好きな異性の話に辟易していたように思う。そういうお年頃だから、求められるのは恋バナばかり。
 嫌気が差した僕は、ずっと仲の良かった男友達に告白されて、なんとなく付き合った。好意を寄せられることは嫌じゃなくて、むしろ心地よかったから。
 それでいて、自分が抱く、女の子への欲情を隠せたから。

 その男の子とは3年ほど付き合っていた。自分が女として見られるのが無意識に気持ち悪くて、手を繋いだことすらないまま3年間。今思えば申し訳ないが、当時の僕は彼に恋愛感情なんてなかったのだろう。親友の延長で、恋人という名前がついてしまっただけ。
 
 そんな僕には、学校でも部活でもプライベートでも、毎日ほぼ離れなかった女の子の親友がいた。いわゆる昔馴染みで、悪友みたいな存在。
 彼女は、僕とふたりきりの時は恋バナを一切しなかった。話す内容といえば、中学生らしくないだろう空想の話や冗談ばかり。彼女の隣があまりにも心地良くて、僕は彼女のことが大好きだった。恋だったのかもしれないし、違ったのかもしれない。大人になったいま思い出せるのは、大好きだったということだけだ。

 休みの日は彼女の部屋に遊びに行くことが多く、結構な頻度で泊まることもあった。狭くて可愛らしいベッドに、ふたりきり。僕の脳みそを溶かすには充分だった。

 蒸し暑い夏の日。田舎はとても煩くて、彼女の家族がいないのを見計らって、部屋の冷房を最低温度まで下げた。
 夏なのに寒い部屋でふたり、笑いながら頭まで毛布に包まる。寒すぎたね、と彼女が僕の身体に抱きついたとき、心臓が痛くて千切れそうだった。外よりも煩い僕の音に気付いた彼女は、そっと僕の手を彼女の胸の上に置いた。

 そこからは、正直覚えていない。同意を取らずに彼女の身体に触れてしまった、あの時の僕を殺してやりたい。
 彼女は優しく笑っていた。服の下の素肌に触れて、彼女が軽く息を漏らす。僕はどうしてもキスしたかったけれど、それだけは許されないような気がして唇を噛み締めた。
 なし崩しに彼女に触れて、優しく抱きしめられて、僕の世界には目の前の彼女しか存在しなかった。

 この出来事にはお互い触れないまま、何度も同じ時間を繰り返した。ふたりきりになると、手を握ってくれる彼女が大好きだった。恋人でも、きっと親友でもなくなってしまった僕らは、なんだったんだろう。
 高校が離れてしまった僕らは、段々と会わなくなって、連絡先もわからないまま大人になってしまった。
 

 つい最近、知人経由で彼女から連絡がきた。会おうと言われた僕は、いまの自分の姿を見せるのが怖くてたまらない。
 でも、大人になってもっと綺麗になっただろう、大好きだった彼女の姿が見たいから、僕はいつか会いに行ってしまう。あの花園の思い出は、少年時代に取り残したままで、きっと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?