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映画「オッペンハイマー」

見てきました、映画「オッペンハイマー」。忘れないうちにメモ的な感想を。印象に残ったテーマで大きく四つに分けてみました。

1.科学者たちの熱意と研究の結晶

第二次世界大戦を経て国家間の戦争はもう起こらないだろうと思われていた二十一世紀の今もなお、ロシアやウクライナ、イスラエルとパレスチナ…と戦争が続いています。常について回る「核の脅威」について恐怖を感じるとともに、なぜこんな厄介なものを人間は生み出してしまったのか…と思いますが、これがその答えのひとつなのだなと思いました。

アインシュタインをはじめ歴代の物理学者たちが思考と実験を重ねた結果、地球を滅亡させるほどの力を手に入れてしまった。劇中ではこのことをギリシャ神話を引用して「プロメテウスは人間に火を与えた」と表現しています。映画ではオッペンハイマーが実験もままならない学生の頃から始まり、「原爆の父」となっていく様子を描く中で、多くの物理学者たちとの議論や研究の場面があり、それは純粋に知への欲求と探究の行き着いた先なのだと読み取れます。

2.兵器利用への葛藤

オッペンハイマーがつくったロスアラモスにある研究所では、次第に明らかになる原子力の威力に対し、軍事利用への反対派も現れます。人間に対して決して使ってはいけないという考えと、この威力を示してこれ以上の戦いの抑止力になるという理屈が対抗しますが、莫大な金額と時間をかけた研究は倫理観だけでは止めることができませんでした。

広島や長崎への原爆投下を経て戦争は終結し、オッペンハイマーは英雄となります。ですが、何十万人もの民間人の死者を出したことへの罪の意識は次第に重くなり、水爆推進への反対を掲げます。

ずっと隠されていたオッペンハイマーとアインシュタインとの会話の内容はラストで明かされますが、物理学者たちがその罪や責任をどう受け止めているのかが窺い知れる言葉でした。

世界を壊したくて作ったのではないけれど、結果的に想像を絶する破壊兵器を生み出し、その罪と責任をどう負うのかが、人類共通の課題として示されていました。

3.科学と政治

科学と政治の断絶を目の当たりにする場面も多くありました。

印象的だったのは、原子力爆弾の実験が成功すると間もなく、その用途への十分な議論もないまま原爆は回収され、オッペンハイマーたち研究所の人々が口を出すこともできなくなります。本当の威力を知るひとが不在のまま、原爆投下先が決まり決行されてしまうのです。

原爆投下と戦争終結により英雄となったオッペンハイマーが大統領と面会し、罪の意識を吐露した際、トルーマン大統領が「ヒロシマ・ナガサキの人が恨むのは原爆を作った者ではない、落とした者だ、この私だ」といいます。大統領としての覚悟というと薄っぺらい表現になってしまいますが、ゾッとする程腹が座っていて、被害を受けた多くの人々と、決定を下す者とのあまりの環境と価値観の違いに眩暈がしました。

日本においても、2020年に日本学術会議から6名の専門家が任命拒否されたことが記憶に新しいですが、科学と政治の間に、歴史や倫理、法律の観点を排除する日本のありかたが、オーバーラップするシーンでした。

4.日本人としての視点

修学旅行で長崎の平和公園や広島の原爆ドームを訪れる機会があったり、学校の図書館には「はだしのゲン」が置かれ、最近ではアニメ「この世界の片隅に」など、日本では子供の頃から原爆の悲惨さを学習する機会が多くあります。目を覆うような凄惨な光景は脳裏に焼きつき、すぐにでも思い出すことができます。

映画の中では、抽象化された被害のイメージ映像は流れるものの、実際の被曝の惨状の描写はありません。ですが、閃光により真っ白になった直後、何が起き、苦しみがどれだけ続くかを学習で理解している日本人は容易にそのシーンを脳内で再生することができます。

このシーンが無かったことで、世界中の「知っているひと」と「知らないひと」の受け取るものはかなりの差があるのではないかと思います。

ともすれば、科学の進化として、戦争の終結として、原爆投下は必然だったというロジックを補強しかねない中で、圧倒的な説得力で否と言える理由がこの凄惨な事実なのだと思います。日本人としては、原爆は正義ではないと言って欲しかった、そう感じる点でした。アメリカの映画だなぁと思います。

また、オッペンハイマーもアインシュタインもユダヤ系ドイツ人であるという背景があります。もともとはドイツ、ナチスの原爆開発との競争からスタートしているので、彼らにとって始まりは正義なのだと思います。

また、原爆を投下する先を選ぶシーンはあまりにライトで、こんなにも軽く取捨選択をされたということに呆気に取られました。でもこれが事実なのでしょう。候補先の「ナガサキ」「ヒロシマ」という言葉を聞く時の胃のキリキリした感じは日本人にしか分からない感情かもしれません。

さいごに

映画としては本当に素晴らしくて、見て良かったし、どう感じたかを文章で残しておきたいとも思いました。

科学の力と功罪を「原爆の父」を通して知り、問いを投げる構成だったと思います。また、感じ方も国によって様々だと思います。

聴聞会の長い会話と登場人物の多さがかなり複雑ですし、当時の主義思想の潮流や第二次世界大戦周辺の世界情勢も理解しておかないとついていけない部分も多いので、勉強してまた見直したい映画でした。

またキャストが豪華でありながら、あまりに老いた役をそれぞれが演じているので途中までその俳優と気づかない程でした。

かなり重たい3時間でしたが、そんなまとめです。

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