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『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎 著)

【内容】
文豪の谷崎潤一郎が、東洋や日本ならではの美について書いたエッセイ集。


【感想】
陰影の作り出す空間の広がり、安らぎ…
わかる、わかるなあ…読んでいて、いちいち頷かされました。

学生の頃に買って、途中まで読んでそのまんまになっていた本でした。扇風機とかガラス、風呂のタイルは美しくないとか…
なんだか年寄りの時代錯誤な感じがすると感じる箇所などて引っ掛かって、途中までしか読んでそのままになっていたことを思い出しました。

それが、かなりの部分いちいちよくわかるようになったというのは、自分もそれなりの歳になって来たということなのだとも思ったり…

と同時にこの本を読みながら、先日訪れた林芙美子記念館のことを思い浮かべていました。
林芙美子記念館は、作家の林芙美子の生前暮らした家を一般公開したもので、京都の古い町屋などを見て回り、それを参考に作ったのだそうです。
小振りな建物の中は、とても広く豊かに感じられる空間が広がっていました。そのために、
外光を巧みに取り込み、空間をうまく利用することで魅力的な空間を作り出していました。

この本でなるほどなあも思った記述に…
床の間にかける書画は、陰影を引き立たせるためのものであるとか…
暗い空間の中で、黄金をリフレクターの役割として、蝋燭の光でゆらめいて、部屋を明るくする役割があったとか…

部屋におけるインテリアの役割や、素材の持つ性質など、とても示唆的な見方や考え方がさりげなく描かれているなあと感じました。


まあ、色々と今のコンプライアンス的には、結構アウトだろうなあということも、それなりに書かれていて…
戦国大名が若い男性を好んだゲイの文化を、炎の光のあたった美しい美少年の女性とは違った独自の肌の質感があってこそのものだったのではないかとか…
白人の中に、どんなに色の白い東洋人が混じっても、その肌は闇を含み、自ずと違和感を生み出して、それが白人種の黄色人種への差別に繋がっているのではないかとか…

いつの時代にも、前の世界を覗き見ると『不謹慎にもほどがある』的なことってあるとは思いますが、今なら公の場で言おうものなら大炎上しそうなことがサラッと書かれているのを読むのも、古い古典を読む興味深さなのかもしれないなあと感じました。

あと、それまで聞いたことなかったけれど、そうかもしれないと思った記述で…
服装が闇と肉体を繋げるものであるように、既婚女性の歯を黒く染める『おは黒』は、顔の中に闇を作り出すものだった。

谷崎の文章を順に追っていくのこのロジックが腑に落ちて、感覚的に当時の世界の肌触り(?)のようなものを感じました。


なんだか読んでいて、ふーっと何かがまとまりついていたような重苦しいものが降りたようで、ほっとしました。
心地良いなあと…
お爺ちゃんの落語家さんの話を聴いているような感じに近いかも。
細やかな感覚に言葉が与えられることで、心が柔らかくなるような、心や身体の強張りがほぐれていくような感覚になりました。
陰影という切り口で、細やかに世界を捉え直すことで、感覚の解像度が上がるというか…

以前、ヨーロッパのデザイン教育の現場では、この『陰翳礼讃』を扱うのだといういう話を思い出したりしていました。
日本の教育機関で扱うには、色々と差し障りがあったり、谷崎という作家個人の持つ日本における立ち位置や意味するところが大き過ぎて、なかなか難しい面もあるのかも知れませんが…
まあ、生徒を始め教師も、谷崎を読んでいない世代になってきているので、教育現場などでも別の視点から取り上げるというのもありなのではないかとも思ったりしました。

https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56642_59575.html

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