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てのまびと

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2000年以降に取材をさせていただいた方々のなかから、語り継ぎたい物語をご紹介。その仕事と人生哲学を、忘れがたい言葉とともに綴るアーカイブ記事です。
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記事一覧

どんな作品も自身の肖像。

どんな作品も自身の肖像。

私の場合、自身が運営する出版業だけで食べて行ければそれが一番ですが、そううまくいった試しはありません。

だから、クライアント仕事、つまり他人様の制作物を受注してお金を稼ぎ、それを印刷代につぎ込んでは本を作るという自転車操業です。

クライアント仕事は、引き受けて楽しい企画のこともありますが、だいたいは正直、苦痛です。

それなのに、根を詰める性分が災いして、上手く手を抜けません。
他人の制作物で

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森光宗男さん(珈琲美美創業者・「モカに始まり」著者)

森光宗男さん(珈琲美美創業者・「モカに始まり」著者)

12月の寒い朝、スマホを耳に当てると聞き慣れたライターさんの声が響いた。
「森光さんが、亡くなりました」。
ぼんやりしていた頭が急速回転を始める。けれど、唐突すぎて意味が分からない。沈黙している私に向かって声は続く。
「ソウルの空港で倒れたそうです。詳細がわかったらまた連絡します」。

それから数日後、森光さんは還ってきた。お通夜は、冷たいみぞれの降る夜。森光さんは目と口をしっかり閉じ、少し怒った

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先祖の智恵を誉れに思う。

先祖の智恵を誉れに思う。

この言葉は、長崎県は江島に暮らす北村キナさんが、取材の最中におっしゃった言葉です。

20年前私は、〝まぼろしの醤油〟と呼ばれる琥珀色に輝く醤油を取材するため、佐世保からフェリーで2時間半ほどの沖合に浮かぶ小島を訪ねました。
島の加工場では、5人のお母さんたちが昔ながらの製法で、しょっぱくて透明感のある醤油を、賑やかに楽しく造っていました。
原料は国産大豆、大麦、塩、水。

琥珀色に仕上がる理由を

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初心でいよう。

初心でいよう。

前回に続き、これも珈琲美美創業者の森光宗男さんから伺った言葉です。

お客さんがいない、ある日の午後でした。
珍しくカウンターではなく、緑が美しい窓辺の席に向かい合わせに座り、雑談を終えた頃。

森光さんが席を立ちながら、
「感動を呼ぶには、初心であることが大事だと思うんだよね」
とおっしゃいました。

「うぶ」という言葉の響きが新鮮で、私はハッとさせられました。
半世紀以上も生きていると、知った

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小さいほど光る。

小さいほど光る。

これは、故森光宗男さんから伺った言葉です。

福岡市内に自家焙煎コーヒー専門店を開き、日々、ていねいな仕事をクリカエスことに倦むことがなかった森光さん。

モカにこだわり、
ネルドリップにこだわり、
熊谷守一を好み、
ライカで遊び…。

自分が愛すべきものを、よくご存知でした。

ふわふわと曖昧なもので隙間を埋めるようなまねはせず、真実を求めてずんずんと進んでいく方でした。

その先には、多分、一

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