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モチベーションとの戦い=全滅

僕:この仕事を続けていると、
必ずと言っていいほどこんな質問を受けます。

「モチベーションを維持する方法はないですか?」

……これまで、幾度となく、この手の質問を受けてきましたし、
それがクライアントなら、その都度相談に乗ってきました。

個人的な相談の場だけでなく、ノートやセミナーでも、
手を変え品を変え、何度も何度も、このテーマを扱ってきたと思います。

それで最近では、もういい加減モチベーション系の話を
することに嫌気がさしてきてしまって、

「このテーマを扱うのはもうこれで終わり」

なんてことを言いながら、モチベーション最終章みたいな話を、
セミナーやコンテンツの中でしたりしていました。

そんなこんなで最終的に理解したのは、
「ああ、これは永遠のテーマだな」ということです。

モチベーションとの闘い=全滅

目標に向かって進もうとする、
その原動力である(と皆が思っている)モチベーション。

これの正体をどんなにロジカルに説明しても、
これのありとあらゆる攻略法を提示しても、
これについて個別に何度相談に乗ってあげても、
行動できない人はかなり多い。

僕の話を聞けば、何かしら気づきはあるだろうし、
何かのキッカケにもなると思う。

だけど、根本的にそういうことじゃなかったんですね。

結局、モチベーションという概念と「闘って」いる限り、
目標は達成できない。

負けてしまうんです。

みんなです。

全滅ですよ。

結局みんな、目標達成を諦めてしまったり、
諦めてはないけど忘れてしまったり、音信不通になったり、と。

こんな有様です。

誰もが達成したいと思う目標なんて、
誰かに強制されてやるようなものじゃないじゃないですか。

義務教育や毎朝の通勤なんかとは、明らかに違う性質のものでしょう?

「肉体改造してカッコよくなりたい」

とか、

「女にモテるようになりたい」

とか、

「副業で経済的な余裕を持ちたい」

とかね。

こういうのって全部、自分で勝手に思い描いて、
自分で勝手に取り組むもんでしょう。

元々強制力がないものなんですよ。

だからこそ、モチベーションという概念が登場するんだけど、
そこで敵対してしまうから、
「vsモチベーション」みたいな構図になってしまうからダメなんですね。

そもそもモチベーションと言うのは、闘うものじゃあないです。

そもそも「ない」んですわ。

目標達成した人が、達成するその瞬間まで見ている景色の中に、
モチベーションという概念は、存在しないんですわ。

モチベーションという概念が介入しないほどの、
前に進み続ける“ナニカ”を持っている人だけが、
長期的な目標を達成できる人です。

んで。

今言った「ナニカ」が何なのか。

ということも含めて、ここまででしたような話を踏まえた上で、
もうちょっと根本的な話をしますね。

「未来」を、「死」を、「継承」を。

人は本来、現状に留まろうとする生き物です。

なぜなら、現状に留まったほうが、単純に「安全」だからですね。

これは本能的な力であり、別の言い方をすると、
潜在意識の働きによるもの。

仮に今まさに危機的状況にあるのなら、その状況を打破するか、
あるいはその場から退くか、いずれにせよ全力で
身の安全を確保しようとするでしょう。

でも、よほどのことがなければ、本能は、
現状を「コンフォートゾーン」だと判断し、
安全領域として其処に留まろうとします。

たとえ「今」が不満だらけだったとしても。

僕ら人間は他の動物と違い、
“今この瞬間”や“次の瞬間”だけでなく、
少し遠い未来にも問題意識を持つことができます。

なので、気持ちとしては、

「今は問題だらけ、不安でいっぱいなんだ。
だからどうにかして現状を変えたいんだ。」

こう思っていたとしても、

原始時代から何十万年もの間、
「今」にフォーカスを当ててきた僕らの本能にしてみれば、

今起こっていない問題(長期的な問題)というのはあまり重要視できない、

んですね。

長期的な問題は優先順位が低いということです。

何かを「得よう」とする気持ちよりも、
何かを「失う」事に対する気持ちの方が何倍もパワフルですが、
これは、こういう本能的な働きが起因しています。

例えば、

「これをやれば100万円稼げるよ」

と言われてもなかなか行動できない人は多いけど、

「今あなたの家に泥棒が入っていて100万円盗まれようとしている」

と言われれば、何をやっていても何かしらスグに行動を起こすでしょう。

親孝行したいと思っていても、
思うだけで行動に移せない人は多いけど、
明日親が死ぬとわかっていたら、
何としてでも今自分にできる全力を尽くすでしょう。

現状に留まろうとする、この本能の力、
潜在意識の働きに抗うには大きなエネルギーを必要とします。

僕はもう理解しました。

「変わりたい」なんてことをちょっとやそっと思ったところで、
絶対に変わらないということを。

たとえ、何万円払って教材買っても、
何十万円払ってスクールに入っても、
何百万円払ってコンサルを受けても、

自分で自分を追い込めない限り、
未来に強い希望を持てない限り、
自分の可能性に大いに期待できない限り、

そいつは結局変わらない。

これを、僕は、嫌と言うほど理解しています。

だけど皆、
今抱えている問題意識が未来において具現化したとき気づくんです。

もう取り返しがつかないのだ、と。

取り返しがつかないと気づいた時、残るのは“後悔”です。

あの時行動しておけばよかった、という後悔。

そうなってからではもう、目も当てられません、
実際は、取り返せること、やり直しが利くこと……は、
少なくないと思います。

ただし、最初に思い立った頃に比べると、
何倍も何十倍も分が悪い試合になっていることは確実ですよ。

年を取ると、体力も気力も減り、どうしても守りに入ろうとします。

守るものも無駄に増える。

時代の波に乗った、自分よりも若くて勢いのある奴らが台頭してくる。

こんな環境では、多少の無茶すらできんでしょう。

「今日やらないことは明日もやらない」

よく耳にする言葉だと思うけれど、これはそういうことですよ。

“今”を生きなきゃいけない。

と思います。

僕らの先祖が後世に何かを残してきたように、
僕らのDNAが後世に受け継がれていくように、
未来を創っていくことは、今を生きる僕らの役割だと思うんです。

であるならば、「今を全力で生きる」ということはつまり、

未来に強い希望を抱き、自分の可能性に大いに期待しつつ、
理想の未来を創るために、今の自分に必要な追い込みをかけていく

こういうことなんじゃないかと思うんです。

そして、これが、現状に留まろうとする
本能や潜在意識に抗うことのできるエネルギーだと思うんです。

「今だけを見てダイナミックに動け」

みたいなことだけでは決してないと思うんです。

だって、

僕ら人間は、「未来」を、「死」を、
「継承」することを、“意識”できる生き物

なんだから。

ということで、今回は以上です。

ではでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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