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女性よりも男性の方が面倒

よく

「女性は分からない」
「女性は面倒」
「女性は解決じゃなく共感」

と言いますが、それは本当か?

結論から言うと、女性も男性もいっしょです。

というのも、これらは全て分断という現象だと私は考えています。

例えば女性は、恐れています。

何を?自分の価値です。

自分には価値があるのかどうなのか?

特に若くてきれいな女性であればあるほど、
その若さや見た目に男性がくいついている
というのは嫌というほど分かるわけです。

「ヤ〇モクお断り」的なことを言ったり、
素直にホ〇ルについてこなかったり、
つまり「なんで私なの?」ということを気にします。

うすうす

「男はきれいな女性だったら誰でもやりたがる」

ということは気付いていますが、

「でもこの人は違う、内面を見てくれた」

と思いたいわけです。

あるいはメリットで考えて

「お金があるし、つながっとくか…」

みたいな飛び道具的に身体を使うこともあれば、

「この男性に求められてる私は価値がある!」

と承認欲求を満たすこともあるでしょう。

コミュニケーションが取引というのはうすうす気づいていても、
やはり無条件で誰かに愛されているか不安になり、
だからこそ「なぜやろうとする?」というところを気にします。

もちろん、ここまで言語化してないですが。

だからまとめると、

「男はどいつもこいつもやりたがってるのは知ってるけど、
それならそれなりに私に価値があると思わせてくれよ、な?」

ということです。

対して、男性は、どうか?

実は、まったくいっしょです。

私のもとにくる方は、
たいてい「変わりたい!」と言いながらくるものの、
私が本音を伝えると作話を始めたりします。

「藤井の理論が正しいのか?」
「方針が自分とは違うのでは?」
「とりあえず自分でやります」

などなど…実は、
頭では自分がちょっとズレているのは分かっている。

でも、それを認めると自分が否定された気になって、
嫌な気持ちになる「気」がするので、あとから理屈をくっつけます。

コンサルをしていると、本当に面白くタイプが分かれます。

・解決したい人
・共感してほしい人

の2タイプです。

私が個別にお伝えするのはおもに

・改善点

です。

ただその改善点を

「そのパンツのダボつきをなくしてください」

というと、否定された!

と思い、そして「言い方がキツいから私は行動できない」と思い始めます。

なぜか?

これは、
実は「やりたい!」というのではなく

「自分に価値があると思いたい
→女性関係を克服すれば価値があるのでは?」

と、実は女性にもてることが目的ではないので起こる現象です。

となると、その人が望む伝え方は

「いいですね、おしゃれです!
ただ、パンツのダボつきをなくすと、もっと良くなりますよ!」

と本人をノせていかないといけないわけです。

これは、ただやりたいだけなのに
色々と理由をつけて女性をホ〇ルに誘う時と同じ現象です。

「やりたい!」と口では言っていても、
「自分には価値があると思いたい」というのが本音なので、
そういう人には接し方を変えないといけないわけです。

同じことを伝えるにしても、です。

つまり、女性も男性もストレートに言うとダメ!

というのは、その中で感情が分断して整理できていないからです。

女性は

「誰でもいいの?いや、私には価値があると思いたい!
だから上手く騙してね」

男性は

「俺は受け入れられないのか?いや、俺には価値があると思いたい!
だから褒めて、傷つけずさりげなく軌道修正して」

ということになります。

面倒ですね。笑

自分のありのままを受け入れている人
(それが本来の自己肯定感)であれば、

女性

「いいよ、ホ〇ルいこうよ
(自分には価値があるので、素直にうなづける)」

男性

「了解です、やります!
(自分には価値があるので、素直に行動できる)」

で終了な話なわけです。

…ただ、ただ、分かります。

私も弱い部分があるし、
すべてにおいてこんなありのままを受け入れている人なんていません。

正直、自分が分からず歌舞伎町の
早朝ソ〇プでお〇ぱいにうずくまることだってあるわけです。

そして、はしごするという…。

なので、私が伝えたいのは

・この構造は把握しておく

というのがオススメです。

「女性は面倒」とか言う人は、
その人自身も面倒なはずです。笑

投影してるので。

逆に自分にそういう部分があることに気付ければ、
女性がなぜごちゃごちゃやるのか、理解できます。

「自分には価値がないんじゃないか」

という不安は誰にでもあり、
それは行動することで消えるものではないと私は考えます。

ただ、そういう自分を受け入れる。

克服しようとしている時点で、それは囚われています。

結果、大きなサナギになるだけ。

ではなく、パラダイムを変えましょう。

そのままだっていいじゃないか。

モテなくても、なんでも、別に生きていればそれでいい。

そうすると、道が開ける…かもしれないですね。

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