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精神疾患の研究と世界で初めて投薬無しで乗り越えたエピソード2 鬱状態から躁状態になり細木数子に言われた衝撃の一言


  1. 鬱病からの職場復帰のきっかけとなった長男の誕生

  2. 通院と投薬を辞め、充実した日々を送る私の変化

  3. 鬱病からの回復から躁状態へ

  4. 躁状態に言われた細木数子からの衝撃の一言

  1. 2012年10月に長男が誕生し、鬱病休職から職場復帰した私は、仕事と子育てにに充実した毎日を送っていました。精神状態はあまり良くなく元気が無い状態でしたが、子供が産まれた喜びと仕事が順調に進んでいたため、何とか頑張って毎日を過ごしていました。

  2. 1か月間の休職期間以外は、通院も投薬も辞めていたため、復職から半年間は気分が落ち込む事が多く、また思考も定まらず集中力が低下して、仕事をこなすのに時間がかかってしまい苦しい毎日が続きました。しかしながら子供と仕事終わりにお風呂に入ったり面倒を見ることが楽しくて、死にたい気持ちは無くなり、頑張って生きようと思う様になりました。

  3. 復職から半年が過ぎた2013年6月頃から元気が出る様になり、色々とやりたい事が出て来る様になりました。
    今思うと鬱状態からの反発で気分が異常に高揚し躁状態になっていたと思います。
    私はその頃、何故自分が鬱状態に陥ってしまったのか考えるようになりました。慣れない仕事を任された事と妻が初めて妊娠して、無事に子供が産まれるか不安な日々を過ごしていた事。また精神的に不安定になっていた妻からのプレッシャーでストレスがあった事。これらが原因とは言え、私の精神力が弱かったから鬱病を発症してしまったのではないかと考えました。
    全ては自分の心が弱かったせいで、新しい仕事にも適応できず、妻の要望にも答えてあげられなかったと酷く責任を感じたのです。
    何か精神力を高める方法はないかと模索しました。
    ある日昼休みにネットサーフィンをしていたときに市内で剣道を教えている剣友会があることを知りました。剣道を通して精神力を鍛えることが出来るのでは無いかと考え、すぐに入会しました。毎週火曜日と木曜日の仕事終わり、日曜日の朝稽古に通いました。
    はじめは基本的な素振りから習い、徐々に日本剣道形の稽古や、他の先生方との稽古を通して剣道を学びました。
    剣道を始めてから益々元気が出るようになり、気力に満ち溢れる感じがしました。その頃には鬱病をすっかりと克服し、元の自分に戻った気がして、毎日が楽しく、生きていて本当に良かったと思いました。また自分では気が付かなかったのですが、気性が荒くなり、また普段寡黙な私が、仕事で饒舌になり、上司や同僚と些細なことで言い争いになる事が増えていきました。
    それが躁状態であった事が今になって分かります。躁状態は決して健康的な状態ではなく寧ろ、鬱状態より日常生活に支障をきたす事があるとその時は考えもつきませんでした。

  4. 2013年7月に、すっかり鬱病が治り、元気を取り戻したと思っていた私は、またある日ネットサーフィンをしていた時に、当時まだご存命だった細木数子先生の講演会が東京で開かれる事をしり参加しました。
    その頃には、細木数子はテレビ番組に出ることはなく、もっぱら講演会で全国を回っている様でした。
    講演会開始前に会場に入り、前から三列目の席につきました。
    その日私は講演会の後に、練馬の剣道具屋に頼んでいた防具一式を試着する予定だったため、甚平と雪駄という出立ちで講演会に参加していました。
    講演開始5分前に突如、スタッフから声をかけられ、最前列に座るように言われました。何か違和感を感じつつも、
    しばらくして細木数子先生が登壇しました。
    テレビで観ていた時より、幾分痩せて綺麗な人だなあと思っていると
    細木数子は私を見るなり、顔を指差して言いました🫵
    「なんだその態度は!お前の心は腐っている!お前の目は狐に憑かれている目だ!何か昔ヤンチャしただろ!」
    あまりにも突然の事に驚き狼狽するばかりの私を尻目に、細木数子の講演が幕を開けました。
    躁状態の私にとって人生の地獄が始まるとはその時知る由もなく。      
    次回
    エピソード3 細木数子に地獄へ落とされ鬱病が再発するまで

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