金魚が死んでいた。

ジメっとした暑さと、うるさいくらいの蝉の声がする。
……そんな夏の日だった。

特にこれといった特徴もなくただ平凡に学生を過ごして、今の季節は夏。
そう、学生にとって夏とは何か。
青春、プール、海……思い浮かべるのは人それぞれ違うだろう。
まぁそれは置いといて、俺にとっての夏は夏休みだ。
宿題に追われつつ青春を過ごす夏休み。
俺もその1人……とは言えない。
宿題に追われているのはそうだ 宿題はいくら嫌だとしても全生徒に平等に配られるから。
青春、言わばアオハル。
……なんだそれ。聞いたことはあっても俺は経験したことがない。
女友達?男友達すら居ない俺への当て付けか?
そういう事で自分の性格や家の事やらなんやらで俺はクラスメイトは居れど、友達と言える存在は居ない。
なんなら家族も居ない。
俺が中学生になった頃にはもうとっくに家に帰ってくることは無かった。
共働きで、俺に構うなんて数えれる程しかないくらい親はいつも忙しそうだった。
まぁ、でも。高校生になれるくらいの生活はさせてくれた。
生きてるだけで幸いだろう。
俺が家族に見捨てられたその日は、
いつもより帰るのが遅いな。なんて料理を作りながら考えていた。
そうして、俺が寝るまで親は帰ってこなかった。
朝起きて、いつも通りリビングに入り、
机を見るとそこには封筒と1枚の手紙が置いてあった。

『寂しくさせてごめんね。これでもお母さんとお父さんはあなたを愛していました。
お母さんはお父さんと一緒に、
あなたを置いて二人で旅に出ました
その封筒に入っているのは少ないけれどお金。
あなたが1人で生きていけるように、お母さんとお父さんはそれだけを願っているわ
貴方を置いてしまって、本当にごめんなさい。
こんな父親と母親でごめんね。
あなたは、こんな父親と母親にならないようにね。
世界に絶望したとしても、あなたならきっと大丈夫。
私たちはそれに勝つことは出来なかったけれど
あなたが私たちの子で居てくれたこと、本当に幸せよ
どうか、幸せに。』

封筒にはそう綴られていた。
夏に差し掛かろうとした日の出来事だった。
まとめると「俺を置いていった両親でごめん」「両親2人で遠い所へ逃避行の旅に出かける」「俺を連れて行けなくてごめん」
そういう事だろう。
その封筒を眺めても、俺は涙が出なかった。
なんの感情もわかず、ただ冷静に置いていかれた事実を受け入れていた。
600w1分30秒。
慣れた手つきでご飯を温めて、いつも通り机に並べる。

「いただきます」

いつも通りそう呟いてご飯とおかずに手をかける。
こんなことが起こったというのに、
ご飯の味はした。
俺はそんなに両親のことを嫌っていたわけでも無いはずなのに。
ただ無心で生きる為にご飯を食べる。
カタ、カタ。と静かな部屋に食器の音が響く。

「……ごちそうさまでした。」

いつも通りそう言って食器を洗面台に入れる。
両親の手紙に書いてあったお金というのはきっとこの封筒の中のだろう。
封筒の蓋を開け、中身を取り出す。
「1、10、100…………」
そこから数えるのは面倒くさくなったので数えていないが、100万円は軽く超えている。
これなら生きていけはするだろう。

……まぁそれからなんやかんやあり、俺は高校生まで生きれてはいる。
バイトと学業を両立しつつ、何とか。
そんな過去の回想に思いを耽つつ、
俺は夏休み前にきまぐれとして貰った金魚を眺める。
家にたまたまあった水槽を洗って綺麗にして、
軽く水草を入れて、色々と設備して。
金魚をその水槽の中にいれてみた。
ちゃぽん、と水が跳ね、金魚が水槽の中に入る。
赤い金魚。
ただその金魚をじーと眺める。
それが、家族の居なくなった俺に出来た唯一の家族だった。


いつも通りの帰り道。
何故か嫌な予感がしていつもより早く学校から出る。
教科書が詰まっていてずしりと重い鞄を背負いながら家と学校を繋ぐ大きな橋を渡る。
昔は綺麗だったこの川も、いつの間にか濁ってただ流れていくだけになってしまっていた。
人とは、すれ違わなかった。
さんさんと睨みつける太陽が鬱陶しいほどに暑い夏の日だった。

「ただいま。」

汗で服が肌に張り付いて気持ち悪かった。
バタン、と閉まる扉。
アイスでも食べようといつも通りリビングに入ったところだった。


金魚が、死んでいた。

「……は、?」

はく、と水を無くした金魚のように息を吸う。

赤くて綺麗な体をぐったりとさせ、水面に浮いている。

しんでいる。死んで、いる。
そう認識した途端、胃から何かが込み上げてくる。

「っ、ぅ"え……」

両親が消えた時すら、こんな感情は抱いていなかったはずなのに。
金魚が死んだ時は、こんなにも吐き気と寂しさがするらしい。
親より金魚に愛着が湧くなんて、本当に俺は親不孝者にも程がある。
同じ一人ぼっちだな、って笑ったことも、
かわいいなって癒されたことも、
餌ちゃんと食ってるか確認をした俺の近くに寄ってきてくれたことも。
もう、見れないらしい。

そういや、と頭の隅にあった知識を今更思い出す。
金魚が夏に死ぬのは、大体窒息死だそうだ。
本当かは分からないけれど、それならただ、
苦しかったんだろうな。
なんていう陳腐な共感。
俺が殺したも同然なのに、そんな感想を抱く自分が。

一番気持ち悪かった。

ただ死体になってしまったかぞくを見ていられなくて、学生服のままサンダルを履いて家から逃げ出した。
ミンミンと泣く蝉の声がやけにうるさく感じて、
お前のせいだ、なんて責められているような気もしてきて、
走ってその場から逃げ出す

何処か、遠くへ。

息切れで苦しい
でも、あいつはこんな苦しさより、何倍も、
息を切らしながらいつも通っていた橋まで辿り着いた。
両親も、こんな気持ちであの家から逃げたのだろうか。
高い橋の上から汚く濁ってしまった、思い出の詰まった川を眺めて思う。
……もうここから、飛び降りてしまおうか。
過ぎってしまった考えを首を振って忘れ去る。

「アハハw」「え、ウケる〜w」

なんて笑いながら通り去っていく生徒達の声を聴きながら、
ただボーッと川を眺めていた。
眩しいくらいに照らす夕陽が、今日は綺麗に見えなかった。


バタンっ、と扉が閉まる。

「…………」

ぺた、ぺた、とフローリングの廊下を歩く音が静かな空間に響く。
リビングに入り、
水槽の前へと歩みを進めた。
水面に浮いている死体を優しく両手ですくい上げる。
小さな家族に、そっとキスをした。
水槽の水を入れ替えて、新しい水にして、
そして優しく水槽に戻した。




一昨日に作り置きしておいた料理を慣れた手つきで温める。
600w1分30秒。

ただいつも通りだった。


____金魚が死んでいた。終

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