【群馬のおじさん】
1 夏の空模様
小学4年生の夏休みに、私が群馬のおじさんの家に泊まりに行ったときの話です。
その日、私は一人で電車を乗り継いで群馬に行きました。
おじさんの家の隣は仕事場になっていて、おじさんとその弟さんが働いていました。
私が家にひと休みしていると、隣からもの凄い怒鳴り声が聞こえてきました。
驚いた私は群馬のおばさんに何があったのかと聞くと、
「どうやら仕事のことでおじさんと弟さんが喧嘩をしているらしい」というのです。
おじさんと一緒に話そうと思っていたので少し残念でしたが、私は仕方なくおばさんとテレビを見ることにしました。
しばらくすると天気予報が始まり…
「群馬県はもうすぐ雷雨になります」
そう気象予報士が言うので、私が
「もう隣は雷落ちてるけどねっ!」
と突っ込むと、それを聞いていたおばさんは、笑いながら座布団を一枚持ってきてくれました。
ようやく仕事場から帰ってきたおじさんは私が遊びに来ていることを知ると、たちまち上機嫌に。
その日の夕食は、私の好きなお寿司になりました。
おじさんはお酒も飲んで楽しそうでしたが、座布団を2枚重ねて食べている私を、不思議そうに見ていました。
これは私と群馬のおばさんしか知らない、秘密の出来事なのです。
2 緑のカニ
家族旅行の帰りに、群馬のおじさんの家に立ち寄った時のことです。
クリスマスはとっくのとうに過ぎていましたが、おじさんは私にプレゼントを渡せる機会を伺っていたようで…
おじさんは私が来たのを知ると、
「プレゼントがあるから待ってなさい」
と言って、駆け足で自分の部屋にブツを取りに行ってしまいました。
数分後、床が空いているこたつ(※)でぬくぬくしている私の元に、息を切らしたおじさんが箱を持ってやって来ました。
(※)“掘りごたつ”って言うらしいです。
最近知りました(笑)
リボンまで結んであり、かなり気合いが入っている様子でした。
ワクワクしながら空けてみると…
中身はまさかの「かにクレーン」の玩具!!
≪かにクレーンを知らない人たちへ≫
名前の通り、かにのような形をしたクレーンです。
私が貰ったのは緑色のやつで、おじさん曰く「すげえヤツ」らしいです。
唖然とする私をよそに、おじさんは「かにクレーン」について熱弁していましたが、あまり覚えていません…
ただ、昔は「こんなのヤダー」って言ってた私も、今はすっかり「かにクレーン」のファンであります。
不思議ですね。
ただ、小学校低学年だった頃の私に、何故おじさんは「かにクレーン」の玩具をプレゼントしたのか。
それは未だに謎のままです。
3 カブトムシ捕獲隊
祖母と一緒に、群馬へカブトムシを獲りに行った時の話です。
私が小学校低学年の頃は、とにかく
「夏休み明けのネタが命!」
というカンジで、休みの間にどこへ行ったとか、何をしたとか、そういう話で持ち切りだったワケです。
ですが、私が旅行などに行けるハズもなく…
近所の公園や市民プールで、半日を過ごすといった日々を送っていました。
そんなある時、たまたまデパートで見かけたカブトムシに、私は目を奪われてしまったのです。
(おいおい、カブトムシって…)
と思われるかも知れませんが、私にとっては衝撃的な出会いだったのです。
と言うのも、私の住んでいる地域ではせいぜいセミが取れるくらいで、カブトムシなどはもってのほか。
実際に目撃することは、まずできない代物だったのです。
そこで私はピンときたのです。
「カブトムシを獲ってくれば、クラスの人気者になれるだろう」と。
そんな浅はかな思惑で、私は祖母と一緒に群馬へカブトムシ探しの旅へ向かったのでした。
◇
「あんたのパパも、小学生の頃はよく群馬へカブトムシを獲りに行ってたねぇ」
祖母は群馬へ向かう電車の中で、そう呟きました。
「それで、どうだったの?」
「うん、虫籠いっぱいにして帰ってきたねぇ」
「へぇ~」
私は祖母の言葉を聞いて、「もしかしたらたくさん獲れるんじゃないか」という淡い期待に胸を膨らませていました。
ですが、現実はそんなに甘くはありません。
2日経ってもなかなか見つからず、罠を仕掛けてもことごとく失敗に終わってしまいました。
これには隊員の「群馬のおじさん」も頭を抱えるばかりで、
「昔は散々見たんだけどなぁ…」
と心細く弱音を吐いていました。
後にわかったことですが、カブトムシが全く現れなかった原因として、主に2つが挙げられました。
1つは「LEDライトの普及」、もう1つは「季節が遅すぎた」ということです。
LEDライトは今まで主流だった白熱電球に比べ、「消費電力量」や「持続性」、「熱を出しにくい」などの観点から、能力面で大きく勝っていました。
さらに、紫外線を出さないLEDには、虫が近寄らないという利点(私にとっては欠点)もあったのです。
そのため、街灯や家の明かりが次々とLEDに変えられていくにつれ、虫たちは姿を見せなくなっていったのです。
また、季節というのも、カブトムシを捕まえる上で重要なポイントです。
私が群馬へやってきたのは8月下旬頃。
一方、カブトムシ捕獲のベストシーズンは7月から8月の中旬頃。
勿論、遅くまで獲れる地域もあるのですが、この辺りのシーズンは既に終わってしまっていたのです。
・・・
群馬へ来て4日目の朝。
お昼過ぎには東京へ帰らないといけない私は、半べそをかきながら身支度を始めていました。
そんな私を見かねたのか、群馬のおじさんは気分転換にと、少し離れた山道へドライブに連れていってくれたのです。
当時の私はぶすっとしていて、あまり乗り気ではありませんでしたが、これから起こることを考えると、それが奇跡の始まりだったように感じてならないのです。
おじさんの良心も露知らず、幼い頃の私はただ「ぼーっ」と窓の外を眺めていました。
しかしその時、信じられない光景が目に飛び込んできたのです。
山道の途中にある小さな店から、無数のカブトムシが一斉にバタバタと羽を広げて飛び立っていったのです。
私もおじさんもびっくり仰天して、言葉が出なかったほどです。
それほど迫力があったし、綺麗だったのです。
「おじさん!」
「ああ、わかっとる!」
おじさんは素早くハンドルを切ると、カブトムシがわさわさいる店の近くに車を停めました。
急いで虫籠を開け、ひたすらにカブトムシを入れていく私。
オスとメスのバランスよく、元気な個体を厳選して丁寧に放り込みます。
あんなに楽しかったことは、未だかつてありませんでした。
しばらくして、店のオヤジがひょっこり出てきたかと思うと、「あちゃあ~」というような顔で近寄ってきて、
「いやあ、去年テレビでカブトムシは儲かるってえ聞いたもんだからさ、今年張り切ってかき集めたんだけれども、全く売れなくてさ。頭にきて全部逃がした途端にお客さんが来るなんてねぇ。こりゃあやられたわい」
と言って、残念そうに笑っていました。
群馬のおじさんもさすがに可哀想だと思ったのか、
「そりゃあ悪かった。こっちも偶然見つけたもんだから、事情も知らずに慌てて飛びついちまったよ。いくらか払うから勘弁な」
と言って財布を取り出したのですが、
「慣れないことをしたバチが当たったんだ。好きなだけ持っていってくれ」
店のオヤジはそう言うと、「背中で泣いてる男の美学」を見せつけ、去っていきました。
そして当然、夏休み明けの学校で話題をかっさらったのは、私の「群馬でカブトムシ30匹GET」という武勇伝でした。
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