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徒然草が却ってこない

どの市町村に行っても必ずその地域の福祉を牽引してきた人物が数名はいる。高齢の分野、障がいの分野、児童の分野などにそれぞれ、〇〇施設の〇〇さんと言えばみんな知ってる、知らない人はモグリといわれる、そんなタイプの方がたいていはいるものだ。

今、職場で私の隣の席に座っている方もそのタイプ。わかりやすくレジェンドと言っておこう。

そのレジェンドにも福祉の分野では2つのタイプがある。とにかく前に出てリードしていくタイプと人と人をつなげてコーディネートするタイプの2つ。もちろん、ミックスバージョンの人も多い。

そのレジェンドは、コーディネートタイプ。無理に前に出たりはしないが目立つ。いまは、ご意見番然としてるが「若いものの邪魔しちゃいけないわ」が口癖になってる。その反面、誇り高き人でもある。一家言持っているタイプ。庄司薫の小説の中で「大人になると言うことは、一家言持っているかどうかということだ」と日比谷高校に通う主人公に語らせていたが、言わば昭和の大人である。ご自分の選択で、60歳から非常勤職員として働いている。

私はこの街に来て新米であり、分野も高齢、地域福祉分野から障がい福祉分野に渡ってきたため、これまた新米。とにかく、隣になんでも聞ける人がいることは僥倖である。おかげさまで、悩むことも少ない。やっぱり住むならコンビニの近くだなぁ、と嬉しくて軽口も浮かぶ。

そんな私の思いとは反対に、その彼女は、時々寂しい心情を漏らす。「週3日働いて週4日遊ぶのが夢だったんだけど、なんだかつまんないのよね」

まあ、仕事一辺倒で〇〇市の障がい者福祉に貢献してきた人だからそうだろうと思う。とは言え、役を背負ってストレスに苛まれる日々はもう懲り懲りなのだとも思ってるらしい。その気持ちは大いに共感している。その割に、哀しみを吐露するのには、何かしら理由があるはずだ。

自分の人生を考え直す時期は、必ず来る。その時に今まで通りの道を進むか、少しばかりもしくは大きく転換させるかは、その人次第。セカンドライフを占う大きな選択になるので、サイコロをふったあとに「や〜めた」は、はなはだ難しい。だからこそ、慎重な検討が必要になる。

警戒心の強い彼女とようやく話せるようになり、いろいろな話を聞けるようになって思うところがある。順風に乗って生きてきたのかと思えば、そうでもなく、女性の管理職が少ない職場でトップに直言したり、下から理不尽な要求や嫌な言葉を投げかけられてきたりもしてきたようだ。また、まあまあ、なあなあなタイプとは程遠いので衝突することもあったろう、と推測する。その心情には共感することが多い。

少し、話は逸れる。

思えば、これまでも女性の多い職場で働いてきた。そもそも福祉はそうなのだ。

私の二番目のボスは、すでに他界してしまったが、〇〇市の高齢者福祉を牽引してきた人。その昔は老人福祉と言っていた。日本老年行動科学会に誘ってくれたり、地域医療学会にお供させてくれたり、そうそう、台湾・韓国の研修ツアーもご一緒した。いろんな人も良く紹介してくれた。回想法の取り組みや徘徊高齢者のSOSネットワークの構築など面白がりながら一緒に仕事をした。右も左もわからない私に、自分の分以上のことを体験させてくれたと思う。天に向かって感謝。また、お墓参りに行きますわ。

30年くらい時を遡る。その日もセカンドボスと一緒に車に乗ってた。もちろん運転手。他の施設の長と後ろの席で会話してる。その当時の日本の福祉の牽引者たちはこぞって北欧に憧れていたという背景があった。「スウェーデンの厚生大臣は、代々女性らしいわね」「ある意味、そこに据え置かれてるんじゃないの。大蔵大臣や外務大臣にはなれないんだよね」「スゥエーデンでさえそうなんだから、日本じゃね」

私はなんとなくその会話を聞いていた。時折、その情景を思い出すのは、その会話に女性として生きるルサンチマンとそこはかとない諦念を感じたからだ。セカンドボスは奄美大島出身の屈託のない人柄だったので、その会話もそこそこに終わり、次の話に移っていったのだが。

ある日のお昼休み。

私の昼休みは本を読んだり、ショートスリープしたりだ。その日は読書してた。noteで見つけた『心彩る徒然草 兼好さんとお茶をいっぷく』木村耕一著が本日のお供。ある投稿にスキをいただいて、どんな方だろうと覗いたらその本のご著者だった。早速、購入してみた。スラスラと読めるのだが、自分の来し方を振り返り、想い出しながら大事に読んでた。

すると、横からレジェンドが「面白い本ないの」と声をかけてきた。「これ、面白いですよ」と、私。すかさず、本を手に取りペラペラとめくる。「だって、リーさん読んでるじゃないの」とレジェンド。「読み差しの本が、まだあるんで」とわたくし。最初は目を丸くしていたが、嬉しそうに本を受け取った。「昼休みはこのくらいの本が良いわね」と言うなり、黙り込んで読み始めた。気に入ったらしい。それから数日経ったが、まだ却ってこない。

徒然草には、軽いルサンチマンを抱えた熟年女子を虜にするサムシングが書かれてるらしい。戻ってきたらしっかり読んでみよう。

何歳になろうが

しなかたちこそ生まれつきたらめ、
心はなど、かしこきよりかしこきにも、うつさばうつらざらん。

かな。

自分の機を受け入れながら、日々を愉しめるような心持ちで歩き続けるよりほかないのだから。




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