「年末年始、鎌倉幽世個人ツアー」を企画したくなった
『鎌倉幽世八景』を読み終えた。
木曽義高と大姫の悲恋、今は建長寺のある処刑場のあった地獄谷から立ち昇る瘴気、比企一族とともに命を奪われた一幡の儚い運命、自らの命と引き換えに唐糸の嘆願助命を頼朝に願った万寿姫の一途、未だ中世の人骨が埋まっている由比ヶ浜に潜む夥しい怨念、双六に興じていた時に首をはねられた上総介広常の無念、佐渡に流された父 日野資朝を追った阿新丸の忠孝。
書き出してれば、なかなかにおどろおどろしい。
そして、八景それぞれの縁の地に、中世に生きた人たちが時を超えて呼び戻されている。
彼彼女らの過ごした舞台に、いまはCOVIDによるパンデミックで世界が狭くなっていることを体感し、ウクライナ戦争、イスラエル・ガザ戦争がいつ終わるかもしれないことが鉛のような雲のように覆いかぶさっている現代の私たちが生きている。
輪廻転生。
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天。
どの道に生まれ変わったにせよ、必ずや少なからずの苦しみが待っている。
作者は、もう一度彼彼女らを人や幻に生まれ変わらせて私たちの目の前に出現させる。
見えた景色は⋯⋯。
無常を感じつつ、苦しみの中にも希望の光、人生の巡り合いの中に仕合せを感じることがひとつでもあったのならば⋯。
立ち止まって人生を振り返る時「これで良かった」と思えることが、どの時代に生きるにせよ大切な心映えではないか。そんな感想が浮かんだ。
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さて、年末年始の遊びとして鎌倉幽世巡りを考えているのだけれど、具体的にプランニングしてみよう。
つづく