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【シリーズ第61回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 ある日、同居人がエム・ピー・スリー・プレイヤーと、皮の手帳を持って帰って来た。

 「ホームレスがくれてん」

 「へー・・・」

 ホームレスに物をあげることはあっても、ホームレスから物をもらう話は、あまり聞いたことがない。
 けれども、彼がホームレスにお金を渡す様子を思い浮かべると・・・

 「あるかも・・・」

 と思える。

 「ヘイ, ブラ(ブラザー)・・・こんだけしかないけど、とっといて」

 気の毒そうでもなく、偉そうにするわけでもなく、それが当たり前のようにお金を手渡す。

 「友達?」

 と思うくらい自然だ。
 
 本当にホームレス???という身なりの人は別として、見るからに野外生活者だとわかる人を、彼が無視することはない。
 小銭がない時は、私から借りて渡すときもある。

 事情はわからずとも、好きでホームレスになったわけではない。
 強盗や恐喝、ブラザーをドラッグ漬けにする、ドラッグディーラーにならず、ホームレスを選択した時点で、善人であることは間違いない。
 ホームレス生活を避けられない、黒人だけにある事情を彼は理解している。

 今回のホームレスは、そんな彼にお礼をしたくなったようだ。
 ギターケースを持っている彼を見て、自分の収集品の中で、一番高価で、彼が喜びそうなエム・ピー・スリー・プレイヤーを選んだのだろう。
 
 贈り物をもらった翌日、彼はイエローページを開き、電話をかけていた。
 この頃はまだ、ぎりぎり固定電話がなくなる前で、個人宅の電話番号も掲載されていた。

 「〇〇さんですか?つかぬことを伺いますが、最近、エム・ピー・スリー・プレイヤーを失くされましたか?」

 持ち主探しだ。
 隣に座って様子を見学することにした。
 エム・ピー・スリー・プレイヤーには、名前が書かれていた。
 フルネイムではなく、ラストネームとファーストネームの一方が、イニシャルだったように記憶する。

 電話番号を公開している人だからか、皆、電話に出た。

「〇〇の辺りで、落とされたと思うんですけど・・・」 

 場所を聞く人もいたようだ。  
 特に役所が多いけれど、黒人や、英語の話せないアジア人だとわかった途端に、横柄な対応をする人もいる。
 たまたまだったのか、黒人の彼の話を聞き、きちんと応対する人ばかりだった。 
 隣で聞きながら、善意で電話をしている彼が、嫌な思いをしていないことに、ちょっと安心した。

 5、6件、続けて電話をしたけれど、全部ハズレだった。

 「ま、そう簡単には見つらんよな・・・」

 「電話帳に載ってない人かな?」

 「フルネイムはわからんしなぁ。きっと、大切にしてたと思うねん」

 その頃、彼が持っていた電子機器と言えば、携帯電話くらいなので、エム・ピー・スリー・プレイヤーと言えば、宝物的存在だ。
 名前が書かれている大切な物を、すんなり自分の物にはできなかったようだ。
 
 収集品から、同居人が喜びそうな物を選んでプレゼントしたホームレスの行為も、イエローページで落とし主を探す同居人も、なんか好きだなぁ。

ほっこり😊

 その後も数件電話をしたけれど、結局、持ち主は見つからなかった。
 充電コードがなかったからか、何等かの理由で、彼が使うこともできなかった。
 捨てることも使うこともできず、随分長い間、彼の引き出しに保管されていた。

 一方、皮の手帳は新品で、持ち主の名前もなかった。
 ファスナーで閉じれるようになっていて、中にはポケットもある。
 手帳使用率の高い、きちんと使いこなせる人しか買わないような手帳だ。
 カヴァーは皮だし、どちらかといえば、誰かからプレゼントしてもらう手帳という感じ。

 同居人は、その手帳をホームレスからプレゼントされた。

 「パスポートとか、大事な物も入れられるで」

 この手帳は、ヨーロッパツアーにも同行した。
 手帳として大活躍!というわけではないけれど、大事な物を入れて、今も引き出しの中に入っている。

 同居人とホームレス、なんだかおもしろく、ほっこりする事件だった。

 

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