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掌編小説「憧憬」


泥のような起臥を繰り返す日々は
次第に窶れ
眠気の中の憂鬱を疲弊するのだから
面白い。

傾いた思考を垂直に建て直すことに
意味はあるのか。
ただ塔の先に止まった青い鳥を
いたずらに脅かすだけではないか。


悪魔が耳元で囁いた。

「かろうじて生きている。
いや、死んでいないだけ。」


憧憬へと帰る列車が28時47分に出る。

あの黒い血の色をした列車か。
いや時間にはまだ少し早い。

ゆっくりと近づいてくる列車の車窓に
鹿の角のような足と
犀の角のような手をした猿が映った。

眼の前に止まった列車から
ピンク色の象が
カラフルなサーカスボールの上に乗って
青い目をこちらへ向けながら
降りてくる。

何故こうも奇形な動物たちばかりなのか。

するとピュウと何とも素っ頓狂な
汽笛を鳴らして列車が動き始めた。

僕はそれをホームから眺めるだけ。

車内にはツバの長い帽子を深く被った
全裸の女が優雅に踊っている。
僕と同じくらいの身長の
目つきの鋭い男は
止まれの標識を掲げている。

僕はそれをホームから眺めるだけ。


清らかな水と
広大な平原。

暗澹とした山々
痩せた街路樹。

誰かの視線
僕の憧憬。

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