くくのぼう

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シロクマ文芸部掌編小説「かき氷の恋」

「かき氷みたいな恋だった。」 と君は言った。 二年付き合った男と別れたばかりの頃は 衝動的になっていた君も 一か月ほどたった今 悲しみを悲しみ抜いた後の どこか開き直った毅然とした態度で 前へ踏み出すため、恋に名前を付けたんだ。 「彼と会うとき、いつも頭痛がしてたの。」 君は恋愛の盲目的になっていた自分自身を 今、取り返そうとするかのように 話し始める。 「ほら、ちょうど、できたばかりのかき氷の一口目、 口に入れた瞬間のあの頭痛のように。」 君は僕を見ないで、遠くの

    • 掌編小説「ちゅうと、はんぱの、間」

      改札前の少し開けたところ、 溶けたチョコレート 無理やり押し固めたようなベンチが四つ 背を向けあって一塊になっている。 屋根はない、から、 昨今著しい夏の暑さを真に受けて 私は座っています。 ICOCAかSuicaかはたまたPiTaPa 改札を抜ける音が 閑散な駅の辺りを啄むように、彩る。 私は改札の方を向いて わざとらしく 足を組み、眉を顰め、 なにやら気難しい表情で 565ページの文庫本を片手で広げていました。 読んではいません。 一文字一文字散り散りで 上手く繋

      • シロクマ文芸部掌編小説「夏は夜があかんねん」

        「夏は夜があかんねん。」 久しぶりに会った友人は 俺の顔を見るやいなや そう切り出した。 「なんやその久しぶりに会った友人に対する一言目は。」 俺はけらけらと笑いながらも、 そういえばこの男はいつも 話しの切り口が独特なことを思い出した。 確か、前に会ったときは 「ミートスパゲッティが空から降るなら」 だった気がする。 「この蒸しかえるような暑さ、日中の陽気な暑さとは打 って変わって、陰湿な暑さとでも言おうか。」 友人はそう言ってわざとらしく 俺の方を見ないで歩き始

        • 毎週ショートショートnote「一方通行風呂」

          「一方通行風呂へようこそお越しいただきました。 ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」 「ああ、はい。いや、予約したような、そうでもないような。どっちだっけ、うまく思い出せない。」 「左様でございますか。 では確認致しますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」 「ああ、はい。名前。名前。 ……。すみません。それも思い出せません。」 「はて、困りましたね。自分のお名前も忘れてしまっただなんて。」 「はい…。 僕は一体どうすればいいでしょうか」 「誠に恐れ入

        シロクマ文芸部掌編小説「かき氷の恋」

          シロクマ文芸部掌編小説「爆ぜた手紙」

          手紙には 荒々しくも、どこか震えたような文字で こう綴られていた。 『LINEでええのに、俺とお前の仲でわざわざ手紙を書くってのは、その行為自体、どこか不自然で、どうしたって言い訳がましくなってまうな。  でも、スマホで文字打ってそれを送信するんがなんかできんかった。だからむしろ俺はその不自然さを求めて、あるいは不自然な感情の正体を探るために、 こうしてお前に手紙を書いてるんかもしれん。 きっかけは単純明快。 お前がトモちゃんと付き合い始めて、俺のなかで気持ちが変化したの

          シロクマ文芸部掌編小説「爆ぜた手紙」

          詩「頭痛の嘆き、コロッセオ」

          完璧なだえん形では ないんやな 部分的に欠けているから 痛いんや  なんやったっけ そうやった おれの頭痛は あのコロッセオ まだ遠いえーえむ7時 やめてくれ 丑三つ時に 鳴るコロッセオ 立ち上がる 若い戦士の 泳いだ目 血塗られた剣 肉を貫く それを見る 大勢の人 熱狂 ファンファーレ えんえんの空  ちょっとは静かにせえや 観衆 唸るライオン 馬のいななき 今何時や思ってるん 寝れんまま  会社へ行く おれとあたまいた 頭痛って わからんもんや 他

          詩「頭痛の嘆き、コロッセオ」

          短編小説「こえる」  創作大賞2024

          「こえる」  五月の終わり、春はもう、とうに過ぎて、日中には曇天の下で初夏の風がふつふつとあった。住宅地から少し抜けた細い道の角、交通量の多い通りに面した所にある黄色い看板を掲げた沖縄料理店の店主と思われる恰幅のいい髭面の男が迷彩柄のアロハシャツと牛乳色の短パンに身を包み、自転車で前を通り過ぎていく俺を吐いたタバコの煙越しに睨んでいた。  そんな何気ない昼間の風景を夜深くになってようやく眠りに入ろうか、と静かに下ろした瞼の裏側に忽然と現れた明るみの中、ふと思い出し

          短編小説「こえる」  創作大賞2024

          シロクマ文芸部掌編小説「十二月の雨の日」

          十二月の雨の日、ぼくは街の小さな商店街のベンチに腰掛け、流れる人波を見ていた。 驟雨はそろそろ止む頃だから、わざわざコンビニで傘は買わなかった。 そのせいでぼくの髪や衣服は雨に濡れ、冬の冷たい風によって、剥き出しになった心が裸のまま街へ晒されている。 悪くない感覚だと思った。 長く続くぼくの憂鬱が雨と一緒に、あの小洒落たドーナツ屋の前にある排水溝へと流れていくような気がしたのだ。 ぼくはそのまま白いベンチに座り続けた。 行き交う人々がずぶ濡れのぼくを傘を差して見る。 傘を

          シロクマ文芸部掌編小説「十二月の雨の日」

          毎週ショートショートnote掌編小説「機械」【着の身着のままゲーム機】

          多忙極める毎日の中 私は常にゲーム機を持ち歩いている。 いや持ち歩いているというより寧ろ 着ているといった方が正しい。 それは些かも過剰な表現などでなく、 実際左太腿の側面にビニールテープで直接ゲーム機を巻き付けてあるのだ。 私は今年で40代半ばに差し掛かるが、 この歳になるまでゲームというものに微塵も興味が沸かなかった。ゲームだけでなく、汎ゆる物事に強い関心を抱かない性格で、幼少の頃より「機械」というあだ名を貰っていたほどである。 私は限りなく受動的に生きてきた。そして

          毎週ショートショートnote掌編小説「機械」【着の身着のままゲーム機】

          シロクマ文芸部エッセイ「にゃあ」【詩と暮らす】

          詩と暮らしている。 大体「にゃあ」としか言わない。 薄紅色の朝の日差しを共に眺めていると、どこからかバケツを地面に置く乾いた音が明け方の街へ響いた。 詩は僕の傍らにて目を細め、何やら感慨深っているが、二羽の小鳥が窓を横切ると焦ったように目を見開き、鳥の飛んだ先を睨んだ。 それから僕の顔をちらりと覗き、 小さく「にゃあ」と鳴く。 僕はそれに微笑み 「なんて言ったの?」 と問うてみるが、やはり少し瞬きをするだけで、またすぐに窓の外へ目をやった。 常夜灯の橙色に包まれた部屋の一

          シロクマ文芸部エッセイ「にゃあ」【詩と暮らす】

          毎週ショートショートnote「ろくでもない世界」【強すぎる数え歌】

          明るい大学生活を終え、就職して社会人になった途端、まるで家の電気をスイッチ一つで消したように暗転し、 世界が変わってしまった。 入社した初日、社員全員が朝の会議に招集され、俺を含む新入社員の自己紹介が終わると、唐突に明朗なメロディーが流れた。 一、一切を会社の為に尽くせ! 二、人間性を捨てたまえ! 三、燦々たる太陽のように燃えよ! 四、死ぬまで働くがよろし! さすれば! 五、極楽往生行き決定!! その狂気じみた歌を皆は叫ぶように歌い終えると、俺は呆気に取られた思考の末に

          毎週ショートショートnote「ろくでもない世界」【強すぎる数え歌】

          シロクマ文芸部20字小説「娘のひとり言」

          病名なんていらないわ。可愛いくないもの。 #小牧幸助文学賞

          シロクマ文芸部20字小説「娘のひとり言」

          シロクマ文芸部掌編小説「青い蟹」【逃げる夢】

          「逃げる夢を見たの。昨夜。」 「逃げる?何から?」 「巨大な青い蟹から。」 若い夫婦が橙色に染まった寝室のベッドの上で寛いでいる。 夫は妻のその奇妙な話の切り口に、11月の冬へと向かう薄暗い夜の冷たさを感じ取っていた。 「まあ、巨大といっても私の背丈の半分くらいの大きさなんだけれど、とにかく夢の中でその青色の蟹が私の跡をずっと追ってくるから、私はひたすら逃げているわけ。最近、そんな夢をもう何度も見てるわ。」 妻は夫の顔を見ないで、天井に浮いた影の線を目でなぞっている。

          シロクマ文芸部掌編小説「青い蟹」【逃げる夢】

          シロクマ文芸部20字小説「不意、外国人。」

          ーThank you. ーゃあうぇるかっ! #小牧幸助文学賞

          シロクマ文芸部20字小説「不意、外国人。」

          シロクマ文芸部20字小説「ひきこもり」

          こんな俺でもみんなと同じように腹は減る。 #小牧幸助文学賞

          シロクマ文芸部20字小説「ひきこもり」

          毎週ショートショートnote「戦国時代の自動操縦」

          「戦国時代に自動操縦ができればどんな風だったろうか。」 嗄れた声で友人が僕にそう言った。 「なにそれ?」 友人の突然の妙な例え話しに僕は戸惑いながらもそう聞き返す。 「おおよそ、500年前の戦国時代において、自動操縦なんてものは存在しない。分かりきったことだろう?」 僕は再度困惑した顔を浮かべて、とりあえず頷いた。 「もし、その時代に自動操縦が開発されていれば、人は自分の手で刀や銃を握らなくて済んだんだよ。」 そう語り出した友人の目線の先は、電車に揺られる人々にある。 僕と友

          毎週ショートショートnote「戦国時代の自動操縦」