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キトラ古墳から高松塚古墳まで徒歩観光した話(前編)

これは奈良県明日香村の名所キトラ古墳と高松塚古墳の墳形と壁画を連続で見学した体験まとめnoteです。経路は
 近鉄吉野線 壺阪山駅キトラ古墳高松塚古墳 → 近鉄吉野線 飛鳥駅 
電車と徒歩、のんびりぶらついて4時間のコース。

【感想】
・どちらの古墳も本体は意外とシンプル&小サイズ
・キトラ古墳は壁画公開期間の訪問がオススメ!
・キトラ古墳から高松塚古墳は歩ける。でもちょっと迷う



旅に出た理由~まずは地図を確認

奈良県明日香村の古墳といえば、やっぱりキトラ&高松塚
明日香村にはいくつも古墳がありますが、特にこの二つの古墳は1972&1983年に極彩色壁画が発見され、古代史ブームを巻き起こしたインパクトが大きいのでしょう。

古代の壁画はロマンでいっぱい。
朱雀や白虎の四神図、天井に描かれた星図、飛鳥美人…古代世界への憧れをかきたてる図像の数々を教科書やTVでご覧になった方も多いと思います。
かくいう私もその一人。写真を見てニマニマしていました。

「そうだ実物を見に行こう!」

唐突に思い立ち、衝動的に2024年1月の壁画公開見学に申し込んだのが23年末。明日香村にほど近い橿原神宮駅で宿を取り、旅の準備はOK。

後は古墳の場所を調べます。
両古墳の住所が奈良県明日香村なことは知ってますが、詳細な場所を調べたことはなかったんですよね。
現代には便利なツールがいくらでもあるのでちゃちゃっと調べれば良いのです。まずは観光マップと格闘…うわ、明日香村って古墳多いな…どれどれ…

Googleマップより、下方にキトラ古墳

キトラ古墳の最寄り駅は飛鳥駅じゃなかった!

桜で有名な吉野山へ続く近鉄吉野線・飛鳥駅のお隣の壺阪山駅が最寄りでした。キトラ古墳、他の古墳からは微妙に離れた位置にあるんですね。
一方の高松塚古墳は飛鳥駅から徒歩5分くらい。
ということは、壺阪山→キトラ古墳→壺阪山→飛鳥→高松塚古墳の順に巡るルート…? 壺阪山~キトラ古墳は15分くらいかかるらしいから、往復はちょっと面倒かなー

いや、待ってほしい。
地図を見れば、キトラ古墳~高松塚古墳は1.2km。大人は時速4.5kmくらいで歩けるので15分で着く距離ですね…よし、歩こう
かくして、両古墳を徒歩で巡る旅が始まったのでした。

※ちなみに、飛鳥駅からキトラ古墳に向かうバスは一応あるものの、本数が少なく、今回は使用しませんでした。


キトラ古墳の本体を眺める。

一月の明日香村は晴れていたものの、冷たい風が吹きつけて体感気温はかなり低め。
朝、壺阪山駅で下車すると明らかに観光客っぽい人々が一緒に降りたので、一緒に行けばキトラ古墳まで迷わず行けるのかな等と思ったのですが、すぐに皆さんどこかへ行ってしまわれました。

駅前の小規模なロータリーを横切ると、由緒ありそうな古民家が軒を連ねる細道に出ます。家の裏手にある畑をちらちら眺めながら進むと、じきに畑と棚田の真ん中の道に出ます。

壺阪山駅徒歩五分、棚田と畑の混在する集落の風景。奥が北(飛鳥駅方面)

明日香村は起伏が多く、あちこちで段差状の土地を見ることが出来ます。段々畑や棚田が名物だそうで、奥明日香へ行けば棚田百選の田畑があるとか。

キトラ古墳へ行くには、この風景の中を基本的に東に向かうだけ…なのですが、途中やや太い道を横断するところで迷いかけました。案内板とかないんだもん…
この辺りの事情は次のnoteが写真豊富で面白かったのでリンク貼っときますね。2022年1月の記事ですが、変わりなかったですよ。

やや太い道を横断したところ。道路奥の小山の頂上にキトラ古墳がある。

はい、というわけで坂を上りきるとキトラ古墳壁画体験館 四神の館の入口が見えてきます。
ここはキトラ古墳の情報を発信する歴史資料館であると同時に、取り出された壁画の保存修復施設も兼ねており、壁画公開は建物の2Fで行っています。
写真には写りませんが地下に部屋があり、道路の向こう側まで続いています。ミュージアムショップは道路の向こうの広場エリアにあるので、グッズが欲しい方は注意してください。
展示室への入口は下の写真の建物前、ガラスで囲まれた部分にある階段で地下へ下りたところです。

四神の館本体

壁画見学まで時間があるので、先にキトラ古墳の本体を見に行きました。
古墳は四神の館の後ろにそそり立つ丘の上、反対側の斜面にあります。四神の館入口を左手に、右奥に向かう細い坂道を上がっていくと…

キトラ古墳前景

ついに到着、キトラ古墳です。
壺阪山駅からは徒歩15分くらいでした。冬だったので寒風が辛かったですが、春秋なら良い運動になるでしょうか。

それにしてもキトラ古墳、芝生ですね~、丸いですね~
いまは綺麗に整地されており一目で古墳だと分かりますが、草木に埋もれていたら古墳があるなんて分からなそう。
実際、1973年ごろまでここに古墳があることは文化庁も認識していなかったようです。当時は藪に覆われていたというし、無理もない。
でも、この古墳は鎌倉時代に盗掘されたことも事実。昔の盗掘犯はよくぞ古墳の位置を嗅ぎ当てたもんです。侮りがたし。

さて、キトラ古墳本体の見学は以上です。
これで終わり?
はい。この古墳は発掘後に埋め戻したので、石室等を見ることはできないんです。緑の丸みを堪能して去ります。
背後を振り返ると集落が見えます。人気のお宿もあるそうで、閑静な空気に癒されるかもしれませんね。


四神の館で壁画見学

さて、四神の館の入口に戻ります。
階段を下りて地下一階に入ると、右手の小ホールで壁画公開事務局が受付中。名前と予約時間を伝えると、空きがあれば早い回に変更してくれるみたい。けっこうフレキシブル。
なお、予約枠の余りは当日受付枠になってるみたいですが、あらかじめ予約を入れておくのが安全です。当日枠狙いの場合は電話等で確認してから行くのが良いでしょう。

壁画公開は年間何度も行われますが、一度にすべてが公開されるわけではなく、通常2-3点ずつ。今回は辰年にちなんだ青龍(東壁)と天井の天文図の公開でした。

天井画は古代中国天文学に基づく天体図の写しだと言われており、金箔で星宿を再現した美術的にも価値の高い傑作。劣化を防ぐために暗くした室内でも、弱々しい光を受けて金の星が無数にきらめいていました。単眼鏡を持って行ったので、細部までじっくり眺められて満足です。

『キトラ古墳天井画』 by 8-hachiro, CC 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=80750282

一方の青龍は、キトラ古墳壁画のなかでも劣化の激しい部分。解説によると青龍の顔付近、特に舌が確認できるとあったのですが、薄暗い照明の下でかなり注意して見ないと見つけられませんでした。

青龍部分の拡大図
https://www.nabunken.go.jp/shijin/about/kitora-atlas/mural/post-24.html

お分かりになるでしょうか。このピロっとした赤いものが龍の舌だそうです。肉眼では龍らしい全体像は分かりません。
なお、青龍の左斜め下には十二支のうち寅の像が残っており、ほぼ全身が確認できる貴重な壁画なのですが、暗い場所では寅を探すのも一苦労。
千三百年前の漆喰絵画を見るのは難しい…でも、実物と触れ合えて楽しかったです。

壁画の後は地下一階に戻り、展示室へ。
四神の館ではキトラ古墳の構造、装飾、古墳としての位置づけ、壁画解体事業などを総合的に解説する展示が常時行われています。
今は埋め戻されてしまった石室のレプリカを覗き込んだり、石室の石を模した木製ブロックで遊べたりと工夫を凝らしています。
天井画と壁画も映像等で拡大して見学できるようになっており、壁画公開期間以外はここを楽しむのが良さそう。

ミュージアムショップに立ち寄ると、四神せんべいやマスキングテープなど、ちょっと不思議なグッズが色々置いてありました。
私の買ったお土産はこちら。これでいつでも天文図見放題。

憧れのキトラ古墳を堪能。楽しかった!

さて、次は高松塚古墳まで歩いて行きましょう。
北へまっすぐ…おや、四神の館の隣は棚田が整備されてますね…

キトラ古墳保存地区にて再現されている古代の田畑

どれどれ…。

…………。

田んぼの真ん中でふと我に返ります。高松塚古墳、どっちだろう?
(迷った)

そんな感じで後半に続く!


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