キトラ古墳から高松塚古墳まで徒歩観光した話(後編)
(前編のあらすじ)
2024年1月、キトラ・高松塚古墳の壁画見学のため明日香村に向かった作者。キトラ古墳壁画を堪能するも、高松塚古墳へ歩いていく道の途中で方向を見失ってしまう。果たして、無事に辿り着けるのか!?
…とまぁ、茶番はここまでにしまして高松塚古墳を見学する後半パートです。それでは、キトラ古墳周辺地区で迷子になっているところからスタート。
北に向かって歩く。迷う。
キトラ古墳の周辺は国営飛鳥歴史公園 キトラ古墳周辺地区として保護されており、古墳本体のほか、壁画保存施設 四神の館や森林、古代の田畑をイメージした棚田などが整備されています。地区北側には『檜隈寺跡』と呼ばれる遺跡があり、これは飛鳥時代この近辺に住んでいた渡来人 倭漢氏の氏寺跡だと考えられています。
そんな棚田の縁を歩いているうちに、気付けば方向感覚をロスト。
とりあえず田んぼエリアを横切って斜面を上がり、丘の上から周囲を見回します。
明日香村は起伏が多く、谷底では視界が狭い。近くの丘に登ってみると、集落が意外なほど近くにあって驚くこともしばしばです。
おそらく自分が彷徨っていたのは上図・第二駐車場付近だと思うのですが、それでも方向を見失うとどの道を進めば良いのか分からなくて混乱するものですねぇ…
仕方がないので野生の勘でそれらしき方向へ進みます。
すると…
遠くに見えるのは高松塚古墳(たぶん)!!
周辺をきちんと整備した古墳はレアなので、おそらくあれが高松塚古墳で合ってる…はず!
これは行けそうだと坂道を下り、国道210号線に沿って北へ数百メートル歩き、右折します。すると…
また道が分からなくなりました。
いや、檜前川を渡った向こう側なので概ね正しい方向なのは間違いないですが、案内板も何もないので困惑しますね。
丘の形とか、さっき見た高松塚古墳の周辺風景そっくりだから合ってると思うんですが、肝心の古墳が見えないから自信がないなぁ。
真っ直ぐな道を東に進むとじきに上り坂になりました。傾斜はやや急勾配。
坂の上にはこんもりとした林があり、『宮内庁』の文字が入った看板が。よく見れば全体が柵で囲まれ、立ち入り禁止区域になっている様子。せっかくなので半周してみました。
案内板によるとここは宮内庁書陵部が比定するところの『文武天皇陵』だそうです。天武天皇のお孫さんのお墓ということですね。
ところで、宮内庁が天皇陵を比定したのは1880年頃の話。当時の考古学の状態を考えると、必ずしも信憑性が高いとは言えません。
実際、古代史上最大の天皇のひとりとされる継体天皇陵は宮内庁比定古墳と考古学者が認める真陵が食い違っていることが知られています(詳しくは今城塚古墳の記事を見てね)
この古墳もそうだったりするのかな。調べてみると…
やっぱり別の場所じゃないですかー!!
この『文武天皇陵』はどなたのお墓なんでしょうね…。ちなみに、古墳としての名称は『栗原塚穴古墳』だそうです。
やっと高松塚古墳周辺地区
『文武天皇陵』は高松塚古墳周辺地区に隣接。古墳の裏手の道向こうには小さく高松塚古墳への案内板が。
公園の小路を下ると視界が開け、ついに対面です。
やっと着いた!
遠くから見たのと変わらぬ、整った墳丘の高松塚古墳です。江戸時代にはてっぺんに松の木が生えていて、それが名前の由来になったそうですが、現在はつるんとしています。
古墳の下側には『高松塚壁画館』があり、壁画のレプリカを展示しているそうなのですが、実物壁画見学の予約時間が迫っていたので後で訪れるものとし、道を下ります。
高松塚古墳周辺もキトラ古墳同様、谷合に田畑が再現されていました。向こう側の尾根には『中尾山古墳』があり、これが先ほど述べた文武天皇の真陵にほぼ決まった古墳なんだそうです。
歴史公園の中央部は国道209号線が貫いています。壁画展示場所は高松塚古墳とは反対側。
地下道を抜けると、大型観光バスが停まれる駐車場があり、その向こうに国営飛鳥歴史公園館が。
高松塚古墳にはキトラ古墳の『四神の館』に相当する建物はなく、壁画との対面は公園館裏手の修復施設で実施されています。
受付を済ませ、セミナールームで高松塚古墳に関するショートレクチャーを受けた後、ちょっと歩いて移動。地味に足元は凸凹していますので、歩きやすい靴で行くのが安全です。
壁画修復館で壁画と対面
施設に入るとすぐに薄暗い廊下、壁面には大きな窓が何枚か取り付けられており、その向こうに壁画修復室が見えています。どこかで見たような景色だと思ったのですが、それもそのはず。「明日香村にて貴重な国宝壁画の公開が始まりました」というニュースの際にイメージ映像を撮っている場所はここなのでした。
どうりで見覚えがあるわけですね。
さて、以下は修復室の写真ですが、実際の壁画見学時の視界も大体このような感じです。今回公開される壁画を手前に配置し、それ以外の壁石は奥の方に置かれているのが見えます。解説員の方に質問したところ、壁画公開のために移動させたのだそうです。
今回の展示は『東壁女子群像』『西壁女子群像』『天井星宿』『北壁玄武』の4つ。
まずはふくよかな飛鳥美人で有名な西壁女子群像。四人の高貴な女性が描かれた壁画で、実物は写真で見るよりも鮮やかな色味が印象的な美しい作品でした。
高松塚古墳の壁画といえば、カビや微生物の大発生で壁画が発見当初から激しく劣化し、苦肉の策として壁画の取り外しが行われた経緯がありますが、貴重な古代の遺産はそれ以上劣化することはなく、安定した状態で管理されているようです。良かった。
それにしても飛鳥時代ガールズはなかなかのおしゃれさん。ロングスカートが皆ストライプ柄なんですよ! 中央の青いスカートの女性も染料を解析したら二色の顔料が使われていると判明したそうです。現実のファッションを反映した絵なのでしょうが、飛鳥時代って思ったよりもカラフルな服飾が実現していたんですね!
こちらは東壁女子群像。西壁よりも劣化がはげしく、肝心の飛鳥美人たちのお顔が見えないのが残念です。
デザイン・構成は西壁と対になるように描かれており、ストライプのスカートの華やかさや上着の色調が良い対比を生み出しています。
こちらは北側の守護神こと玄武。亀と蛇が合体したような伝説上の生き物です。
漆喰が剥がれて元の図像が失われており、全体像は良く分かりませんが、キトラ古墳の玄武像と同じ元絵を使ったと言われているため、再現図を描く際はキトラの図を参考にしているとか。
ちなみに、玄武が描かれていた漆喰が剥離した理由は自然要因によるものではなく、人為的にそぎ落とされたと推定されています。
高松塚古墳は鎌倉時代に盗掘被害に遭っているのですが、その盗掘人が墓所の奥壁の玄武を見て「やだ蛇キモイ!」と叫んだかどうかは分かりませんが、とにかく剥ぎ取ってしまった可能性が高いとのことです。何てことするんだ盗掘の人。
ちなみに、この盗掘人はキトラ古墳を盗掘した人と同一人物、もしくは近しい関係にあったと言われています。先に侵入した高松塚古墳を荒らし回ったため、キトラ古墳ではもう少し手慣れていたのか破壊跡は小さいそうです。迷惑なやつめ。
天井星宿については良い写真がなかったので画像は割愛。キトラ古墳同様、中国古代天文学に基づく星宿(星座のこと)が金箔で描かれています。ただ、高松塚古墳のものは『星図』ではなく『星宿図』なのが最大の違いです。つまり、実際の夜空に似せた『星図』ではなく、星宿をデザインして配置したものなのです。
高松塚古墳の天井には、代表的な二十八星宿が円をなすように描かれています。千年以上の時を経ても金の星は輝いていましたが、キトラ古墳のように満遍なく星を散らしたデザインではないため、いくぶん控えめな印象を受けました。
それにしても、キトラ古墳と高松塚古墳壁画を連続して眺めると、似ている点・異なる点がはっきりして面白いですね。歴史的にはキトラ古墳の後に高松塚古墳が作られたと判明していますが、どんな変遷があったのか想像するのも楽しい。
高松塚古墳を見る。
先ほどより曇り気味になり、気温も下がって来ました。(この翌日、大雪により東海道新幹線が止まったんですよね)
往時の姿に復元された高松塚古墳は、丸みを帯びた姿で静かに丘の上から明日香村を見下ろしている様子です。建築物の姿は当時から全く変わってしまいましたが、山河の形は案外変わっていないのでしょう。高松塚古墳を作った人々が見ていたのと同じ景色を眺め、しばし時の流れに想いをはせます。
古墳を降りたところに高松塚古墳壁画館があります。二部屋の小さな展示館ですが、古墳発見当初に名だたる日本画家の巨匠たちが関わって制作した壁画のレプリカと推定復元図が飾られています。
実物は残念ながら劣化してしまったので、往年の姿を知るのに良い資料です。係の方にレクチャーをお願いすると、発掘当時のエピソードや被葬者についてなど、様々なお話を聞くことができます。時間があればレクチャータイムに訪れるのがオススメ。
飛鳥駅へ戻る。
高松塚古墳に別れを告げ、飛鳥駅へ向かいます。国道209号線沿いに約5分、おみやげコーナーなどの並ぶ駅前広場に辿り着きました。
こうして、壺阪山駅から始まったキトラ・高松塚古墳をめぐるウォーキングの旅は終了です。
さくさく見て回れば短時間で十分に回れますし、私のようにじっくり見学したり迷ったりしても四時間あれば余裕かと思います。
残っていることそのものが貴重なキトラ・高松塚古墳の壁画はいずれも古代人の技術水準の高さと美的センスに感動する傑作でした。
公開期間は限られますが、ぜひ、スケジュールを合わせて明日香村に足を運び、実物と対面することをオススメします。生のソリッドな迫力が味わえてイイですよ!
おまけ:参考書とその感想
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