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【記憶より記録】図書館頼み 2305#1

 ここ数日の天候不順ぶりには閉口するばかり。ここ仙台でも、30℃超えてからの急転直下で、湿気寒い梅雨空模様になるといった具合。
 そんな時節もあってか、インフルエンザに罹ったお子さんの話が近所から聞こえてきました。何やら各地で流行っているようですね … 。
 とまれ、マスクから解放され、身も心もアクティブになろうとしている矢先であることを鑑みれば、自身の生活ぶりや体調の変化に留意して過ごすに越したことはないのでしょう。

 さてと、相も変わらず前置きが長くなりましたが、明日が返却期限となった5月上半期の借用本について、備忘していきたいと思います。

1:柳田国男と今和次郎 -災害に向き合う民俗学-
  著者:畑中章宏 発行:平凡社

本書が出版された当時の私は、震災の支援業務で東奔西走していたこともあって、「災害に向き合う」という副題に拒絶反応を起こし、読もうという気持ちにはなれなかった。然しもの 今和次郎こん わじろうフリークも、食指こそ動いたものの、手までは伸びなかったのである。
あの当時は、寺田寅彦なども回顧され、瞬間的に温故知新ムードが高まったような印象を強く持っているが、こうした空気は早期に霧散する。これもまた、世の常なのだろう。喉元過ぎれば~とはよく言ったものだ。
いずれにせよ、時を経ること12年。ようやく ” 借りる ” という形で本書を手に取ることとなったわけだ。

民俗学の巨匠考現学の創始者の名を冠した本ではあるが、その内容は、彼らの多様な仕事と同様に広範囲に及び、当然の事ながら二人の偉人の近辺にはとどまらない。両人にまつわる有名無名の学者や著名人が芋蔓式に登場する度に、このセピア色の物語が新たな色を帯びるのである。よって、読み物としてシンプルに楽しめた。
何より感慨深かったのは、自分自身が 今和次郎 を敬愛し、そして影響を受けてきた理由の奥底にある「極めて個人的に過ぎる想い」を認識できたことだろうか。自ら「柳田に破門された」と語る 今和次郎 のパーソナリティーと自ら提唱した考現学が、分かち難く結びついていることを認識させられた一冊となった。(購入予定) 


2:木工古道具の楽しみ方
  著者:松尾具屑 発行:武田書店

資料として借りてきた本であったが、予想以上に面白かった。大工道具とあらば、鉋や鑿といった主役級が冒頭を派手に飾ることが多いものだが、本書では、大工仕事の工程に準じて定規・ケガキ道具から始まっている(鋸のコレクションが充実)。こうした自重の効いた構成が琴線に触れた。備忘を兼ねて、洒脱な著者の自戒の句したためさせていただこう。

またひとつ 家の重しか 古道具 

木工古道具の楽しみ方「最後に」より

3:道の手帳 谷川健一 -越境する民俗学の巨人-
  発行:河出書房出版

谷川健一(以下、翁)に対しては、地名に存在する「青」についての見解に違和感を覚えて以降、努めて触れずにいた。と言うのも、翁の様な「その界隈を二巡三巡した人間」にありがちな飛躍に過ぎる理論(低頭)に、私の様な「凡庸なる人間」は、全く以てついていけないのである。

さりとて、” 民俗学的な何か ” が、現世に影響を及ぼす可能性が見出せなくなってしまった昨今にあって、最後の砦を担わざるえなかった翁について一定の認識を持つべきだと考えるに至り、再考の入口として本書を選んだ。
河出書房の「道の手帳」を知る方なら分かると思うが、当人の論考のみならず、対談記事が掲載されている点が芳ばしい。特に、当人が関与しない対談記事は、参加者が口にする外連味の無い話によって、対象人物のアウトラインが浮かび上がってくる。然るに、対象の根幹までは理解できずとも、人物像や仕事ぶりが明らかになるのである。それは、パズルが外側から埋まっていくような感覚に近似していると言えよう。

水俣で生まれ育った翁の複雑な感情、そして柳田民俗学が発した問いを越える問いを提示しよう試みていたことだけは捉えられたように感じている。今後とも再考を進めていきたい。


4:宮本常一とあるいた昭和の日本 -13- 関東甲信越 ③ 
  監修:田村善次郎 宮本千春 出版:(社)農山漁村文化協会

先月に引き続き、同シリーズの甲信越版を借りてきた。図書館の中で芳ばしい資料はないかと探していたところ、田中洋美氏による長野県の秘境 秋山郷 の調査記録が掲載されていることを知り、勇んで借りてきた。
この「クマ猟の谷 - 信濃秋山郷の狩りと暮らし -」では、秋山郷のマタギ秋田マタギ(阿仁地方)の交流についても触れられており、こうした歴史の襞に隠れた些末な事実をも丁寧に拾い上げ、緻密な資料を以て詳らかにしている点に感服した。

徒歩で移動するしか方法が無かった時代 … それも許可なく越境することを禁じていた時代にあって、自由闊達に往来をしていた名も無き人々の足跡を、社会の教科書の中から見い出すことは難しいだろう。
幸いなことに、秋山郷に関しては 鈴木牧之「秋山記行」「北越雪譜」が秀逸な資料として遺っているし、葉治英哉 のマタギ小説や 白土三平「カムイ伝」等でも、阿仁マタギが遠く離れた信州界隈の山にまで足を延ばしている様子が描かれている。
このように、本道に派生した枝道や、避けるように敷設された裏道や獣道(カウンターカルチャー的な存在)にこそ、市井の人々の実相が描かれ、時を経てなお遺っている。そこに一縷の希望を持つばかりだ。
※坂東眞砂子の直木賞作品「山妣」の舞台も、秋山郷の界隈を想定したとされている。

おっと話が長くなってしまった … 。
思うがままに綴っていたら、いよいよもって、秋山郷を再訪したくなってきた。何しろ、長野県在住時には足繁く通った土地である。あの剣呑とした鳥甲山岩菅山、そして深谷を形成する魚野川無数の枝沢よ … 。あまりにも懐かし過ぎる。そして今は、殊更に遠く感じるのである。

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