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禁句 第23話

第1話はコチラから

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「なんで手袋をしてなかったんですか」

 少女の家をあとにして、武井はすぐに広場へやってきた。
 そこには着替えている最中の男と、バイト青年がいた。

 その男が、少女からもらった手袋をつけているのを見て、それとなく武井が尋ねてみたのだった。

 ああ、と男はつけた手袋をしげしげと眺めている。

 無論五百円で買える代物ではなく、武井が出資したものではあったが、そんなことは考えるのも野暮だな、と心の中で苦笑する。

「娘に会うには相応しい手袋でないようなことを、誰かに言われた気がしたもんでね」

 と、阿倍に視線を移す。

「俺か。
 そんなこと言ったか」

 怪訝な表情をするところを見ると、もう忘れているのだろう。
 しかしその表情もすぐに消えた。

「まあ、いいじゃねえか、そのお陰で、あんたはあの子からプレゼントまでもらえたんだし」

 バイト青年が改めてサンタクロースの衣装に身を包み、着替えが終わる。

「しかしよりにもよって、またお前とはな」

「そうですねえ、これも何かの縁ですねえ」

「馴れ馴れしいよ」

 と阿倍が突き放す。

「まあまあ」

と、何が『まあまあ』なのか、とにかくバイト青年はへこたれない様子だった。

 広場から通りに出ると、どこに隠してあったのか、ピザ屋の出前用原付が置いてあった。
 そこから、ピザを一枚取り出す。

「一三〇〇円になりまーす」

 そうだよな、と思いつつも、やや興ざめする自分を武井は否定しない。

「ありがとうございまーす」

 支払いを済ませると、その間延びした語調が武井にも腹立たしく思えた。

「それじゃあ、またよろしくお願いしまーす」

 ピザ屋のバイトが原付を出発させた。
 阿倍は片手にピザを一枚持っている。

「衣装のためだったとはいえ、どうすんだよこのピザ」

「あとで食べればいいでしょう」

 武井はそういいながら、すっかり冷えたピザを厄介に思う。

「しかし、まさかお前が娘と一緒になるとはな。偶然とは言え、都合が良すぎやしねえか」

 歩き出しながら、阿倍がそう切り出す。
 そして武井も歩き出す。
 少し遅れて、男も歩き出す。

「まあ、そういう日もありますよ」

「そういう日、ねえ」

 安倍が片手に乗るピザへ目を遣る。
 やれやれ、と頭を振り、安倍が続ける。

「ところでお前、禁句を口にしたか」

「まだそんなこと言ってるんですか」

 やや呆れ気味の響きで、武井が言い捨てる。

「そんなこと、とはなんだ。
 無効にした、何て一言も言ってねえからな…いや待てよ、お前そんな言い方するってことは、もしかして禁句を口にしたな」


(続く)

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