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禁句 第24話(最終話)


第1話はコチラから


 詰め寄る阿倍に、武井がため息をつく。

「してませんよ」

「本当かよ」

「そっちこそどうなんですか、本当は口にしたんじゃないんですか」

「馬鹿言えよ。
 俺はな、お前と別れたあとも、律儀に約束守ってたんだぞ」

「本当ですか」

「本当だよ。
 嘘だと思うなら、その男に聞いてみなよ」

 なあ、と阿倍は男を振り向く。
 ああ、と応じる男を見て、満足そうに前へ向き直る。

「ほらな」

 と、最初の坂道に差し掛かろうとしたときだった。

「おい」

 呼び止める男の声が、重たく低く響き、二人を捉える。
 立ち止まり、二人は男を振り返る。
 また、あの無言の間があった。

「今日は、ありがとうな」

 その一言で、男は精一杯のようだった。
 ああ、と阿倍が答え、武井は静かに口元だけで笑った。

「あの坂道は、登るとどこに行くんだ」

 すぐそこに横たわる坂道を顎で指し、男が質問する。
 突然のことに、阿倍と武井が顔を見合わせる。
 えっと、と阿倍は声をひねり出すことで、なんとか記憶を辿っているようだった。

「確か、向こう側に降りていくんだが、ちょっと道は単純じゃないし、下手すると他の駅の方が近くなるぜ」

「そうか」

 上り側にチラッと顔をやり、それから言った。

「それなら、俺はそっちから帰るよ」

「なんで」

 阿倍が尋ねる。

「なんとなく、遠回りして帰りたくてな」

 静かに、男がそう言い放つ。

「そうか」

 阿倍もそれ以上言及しなかった。

「それじゃあ、ここでお別れだな」

「ああ」

 武井は、二人が言葉を交わすのを静かに見守っていただけだった。

 会話はそこで止まり、あとは別れを切り出すばかりに思われた。

「だけどその前に、はっきりさせなきゃならないことがあるだろう」

 そう言うと、男がポケットから手袋を取り出す。
 それは男が嵌めていた、黒皮の手袋だった。

「手袋は二つもいらないからな」

 黒皮の手袋を、阿倍に差し出す。

「俺からのプレゼントだ。
 それから、メリークリスマス」

 突然に差し向けられた禁句。

 呆気に取られる阿倍。

 よし、と武井は思わずガッツポーズを取る。

 空いている方の阿倍の手をつかみ、男はその手袋を持たせる。

「それじゃあな」

 と、男は歩き出し、行ってしまう。
 背中越しに手を振るその姿を、阿倍と武井が見送る。

「あの野郎、マジかよ…」

 ぼやいた阿倍を見て、武井は目一杯の笑顔になる。

「残念でしたね」

「うるせえよ。
 笑ってんじゃねえよ」

 それから手袋をまじまじと眺め、

「でもまあ、悪い手袋じゃねえから、良しとするか」

 と、何とか納得する素振りを見せる。
 ピザを下に置き、早速左手に嵌めようとする。

「ん」

 阿倍に怪訝な表情が浮かぶ。

「どうしたんですか」

「いや、中に何かあるみたいで…」

 と、取り出す阿倍の左手には、紙切れが掴まれている。
 阿倍がそれを開く。
 武井が覗き込むと、1万円札が二枚と、紙に記されていた文字があった。


 飲み代にでも使え


「あの野郎」

 と阿倍が笑う。

「さてと、飲みにでも行こうかね」

 改めて手袋を嵌め、ピザを持つ。
 それから阿倍が歩き出す。
 そして武井も歩き出す。

 坂道に出る。
 そこからも、街の景色は良く見えた。

「やっぱりきれいだよな、ここの夜景は」

「あなたと見ても、胸糞悪いだけですよ」

 武井が言い放ち、安倍が鼻で笑う。

 だが不覚にも、武井の目に映るその夜景は、やはり美しく思えたのだった。



(了)

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