見出し画像

禁句 第1話

 扉が開き、パチンコの店内から騒がしい音が漏れる。

 そこから阿倍が出てくる。

 眉間に皺を寄せ、深く息をつくと肩が少し下がったように見える。
 つまり、分かりやすく意気消沈している。
 パチンコには負けていた。
 少し考えるような間のあと、頭を掻きながら歩き出す。

 鉛色の空は、若干重たさを増している。 
 空気は静かで、十分冷え込んでいるにも関わらず、まだまだ冷え込みそうな予感を覚える。

 肩をすぼめ、阿倍はひとり歩いていた。
 急ぐ理由は特になく、あるとすれば単に冷え込みから逃れたいだけだった。

 向かう先は喫茶店、とりあえずいつもどおりコーヒーでも飲めば、体の寒気とパチンコに負けた憂さが抜け落ちていくことだろう。

 そんな風にもっともらしく考えてもみたが、実際は喫茶店の他に行くところがあるわけでもなかった。

 空をチラッと見上げる。

 雪でも降るのかもな。

 そんなことを思いながら、歩みを速めた。

 喫茶店の扉がすでに見えている。
 ようやく暖を取れる安堵感に気を緩ませ、扉に手を掛けた。

 据付けられた鈴が鳴る。

「いらっしゃい」
 カウンター越しからマスターが野太い声を発する。

 テーブル席には武井がいた。

 おう、と手を挙げると、武井は微かに肯くことで応じた。
「寒いね、今日は。雪でも降るかもな」

 マスターに話しかけながら、手を揉みつつ武井のいるテーブルに寄っていく。

「コーヒーを」

 カウンターの方へ声を掛け、阿倍は当然のように武井の向かいに座る。

 窓際の席からは外の様子が見渡せる。

「久々じゃねえか、どうしたんだ」

 マフラーをはずしながら、武井に話しかける。
 表情は変わらず、無言のままだった。

「仕事上がり、って感じの顔じゃねえな。さては行き詰ってんのか」

「余計なお世話ですよ」

「図星か」

「あっち行ってください」
 武井の手を払う仕草が愉快にさせるのか、憂さを晴らすように笑い飛ばす。

 それから阿倍の前にコーヒーが置かれた。

「ありがとうマスター」
 阿倍が早速口元へ運ぶ。

「年明け締め切りの話がな、書けないんだと」
 とマスター。

「いや、いいですよ、この人に言ったところでね」

「聞き捨てならねえな、何だよ、どうしたんだ」
 マスターにも尋ねたつもりの阿倍ではあったが、答えるのかと思いきや、ひと睨みするような間ののち、マスターはおもむろにカウンターへ戻る。

 不意を突かれた阿倍は、え、と一言漏らしたきり、カップを持ったままになる。

 がたいのせいもあるが、決して口数の多いほうではないマスターには不本意な威圧感が漂う。
 そしていざ話を切り出したら切り出しっぱなしにする癖がある。

 癖というよりただ話しベタだった。

 そんな誤解の多いマスターの、カウンターで何かしら作業する姿をぼんやり眺める。

 それからコーヒーをひと啜りして、視線を武井に戻した。

「で、何の話だったっけ」

(続く)
第2話→

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?