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禁句 第2話

【第1話はコチラから

 もう一啜りすると、見失いかけた話を思い出す。

「そうそう、話が書けない、っつてたよな。
 今日はクリスマスイブなんだ、世の中の皆が浮かれてる。
 話のネタの一つや二つ転がってそうなもんだけどな」

「今更クリスマスの話を書いたんじゃあ遅いです」

 と、武井もコーヒーを啜り、続ける。

「そもそもクリスマスの話なんて書く気もしない」

「なんで」

「嫌いなんです、この浮かれた感じが」

「相変わらずひねくれてるな。
そんなんだからクリスマスイブにひとりなんだよ」

「それはあなたも一緒でしょ」

「違いねえ」

 と、それでも愉快そうにして阿倍がカップを口元に運ぶ。

「またパチンコ帰りですか」

 今度は武井が切り出す。

「まあな」

「負けたんですか」

 その問いには答えず、無表情のまま阿倍がコーヒーを啜る。
 それ以上言及することなく、武井も無表情のままコーヒーを啜る。

「何かいいことねえかな」

 ぼやく阿倍は、店内から外の様子を見やった。

 外は相変わらず寒々としている。
 日が暮れるにはまだしばらくあって、曇り空は重みをつけたまま微動だにしないようだった。

「仕方ねえ、飲みにでも行くか」

「あなたと」

「そう」

「クリスマスイブだというのに」

「そうだよ」

「ごめんこうむりたいですね」

「どうせ暇なんだろ」

「どうせは余計です」

「よし、決定だな」

 阿倍は決め込んで、まだじゅうぶんにあるコーヒーを啜る。
 武井も啜ると、惜しむように残り少なくなったコーヒーを眺める。

「しかしクリスマスイブに男二人で飲みに行くとはな」

「俺は了解してませんよ」

 阿倍の愉快そうにする笑いが戻る。
 武井は相変わらず無表情なままで、再びカップを見つめる。

 それからしばらくは他愛もない会話が続いた。

 阿倍の適当な発言を武井が切って捨てる。
 しかし阿倍は構わずに、土足で踏み込んでみる。
 武井は頑なで、冷たく阿倍をあしらう。
 結局はその様子を愉快そうにして阿倍が笑う。
 そんなことを繰り返しながら、阿倍はすっかり暖を取り戻す。

 窓ガラスは曇りがかり、寒々とした外の世界はとても遠くの出来事に見える。

「さて、そろそろ重い腰を上げてみるか…と言いたいところだが、飲みに行くにはまだ早いか」

 腕時計を見ながら阿倍がコーヒーを啜る。

「街でもぶらついて、少しは浮かれた空気を堪能してみるか、なあ」

「あなたと。余計落ち込みますよ」

「そういうなよ。
 何も男と女がいちゃつくだけの日じゃねえんだ、少しはこの浮かれた空気を味わってみたってバチは当たんねえだろ」

 武井は口を曲げ、それでも無表情な目は外を眺める。
 どうとも取れて、何も読み取れない表情だった。
 構わず阿倍は続けた。

「それに、話のネタがどこかに転がってるかもしんねえだろう」

「クリスマスの話じゃ間に合わないって言ったでしょう」

「転がってるネタが、なにもクリスマスに関わるものだけとは限らないだろう」

「あなたが堪能したいっていう空気は、そう簡単に抜け出せるものじゃないですよ」

「それじゃあ別にネタなんてどうでもいいさ、とにかく気を楽にしろよ。
 今のお前には気分転換が必要だ」

(続く)

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