禁句 第22話
【第1話はコチラから】
***
林が途切れて芝生が広がり、広場の向こうに夜景が広がる。その夜景を背に、確かに人影があった。
「ほら」
と武井が促す。
少女はしばらく応じず、頑なに俯いていた。
それでも希望を持ちたい気持ちが勝ったようで、次第に頭が上がってくる。
その目に、人影を捉えたようだった。
「行ってみようか」
立ち止まっていた足を、再び進める。
芝生を踏みしめ、次第に近づいてゆく。
確かにそれは、サンタクロースの格好をしていた。
さらに近づく。
ある程度の間を置いて、立ち止まった。
少女は、サンタクロースを見上げている。
サンタクロースは、女の子を見下ろしている。
少女の傍らで、武井は立ち尽くす。
そのまま、沈黙がしばらくあった。
サンタクロースがしゃがみこむ。
「お父さんを、悲しませたんだって」
サンタクロースが切り出す。
上目で窺いながら、少女が尋ね返す。
「知ってるの」
「ああ」
それから言葉なく、時間がまた過ぎる。
「本当にサンタさん」
そう尋ねる少女の目には、少しの疑念と淡い期待が見えた。
「そうだよ」
と、サンタクロースは少女の頭を撫でる。
少女は、少しだけ微笑む。
武井から見ても、頭を撫でるその仕草は優しさを十分湛えたものに思えた。
「だから、お父さんには、謝れるね」
少女が肯く。
「いい子だ」
それからサンタクロースは、白い袋から長方形の箱を取り出す。
「それじゃあ、今年もいい子にしていたから、プレゼントをあげよう」
と、少女の前にプレゼントを差し出す。
しかし、少女はすぐには受け取らない。
「サンタさん、手袋してないの」
思わぬ質問に、サンタクロースが怯むような気配を垣間見せる。
「ああ、この間なくしてしまってね」
なんとか、サンタクロースが答える。
少女が俯く。
サンタクロースが固まる様子を、武井はただ見守った。
「それじゃあ、これ」
少女の反応は意外なものだった。
差し出した手に握られていたのは、先ほど武井と購入した、父親へのプレゼントだった。
「これ、サンタさんにあげる」
サンタクロースは、どうしていいか分からないようだった。
「お父さんへのプレゼントだろ、いいのかい」
武井が口を出す。
「うん、いいの。サンタさん、手、寒そうだから」
サンタクロースが、武井を見る。
「せっかくだから、受け取ってください」
武井が口添えし、戸惑いながらサンタクロースが受け取る。
「それでね、お願いがあるの」
お願い、のひと言に、今度は武井も怯む。
「お父さんに、サンタさんを見せてあげたい。
そうしたら、私、本当に謝れるでしょ」
***
一階はガレージのようで、玄関は階段を上がった二階にあった。
武井と少女が玄関に立つ。
道路を挟み、家の向かい側でサンタクロースが立っていた。
サンタクロースの背中越しに、林に潜む安倍が様子を見守る。
遠いながら、安倍にもチャイムの音が聞こえた。
「まだっすかぁ」
と、安倍の傍らで青年が尋ねる。
ビラ配りサンタクロースをしていた、今は男の服装を着込んでいるピザ屋のバイトだった。
「もう少しだから」
邪険に答えると、家の明かりが漏れてくる。
玄関が開いたようだった。
伸びてくる明かりはサンタクロースを捉え、その背中は影になる。
玄関口で、武井がなにやら話をすると、更に扉が開かれる。
玄関の明かりの中で、おそらく父親と母親、それから少女の影が浮かび上がる。
少女が、父親らしき人影の裾を引っ張る。
少女がこちらに手を振る。
サンタクロースが、それに応えてゆっくり手を振る。
父親らしき人影が頭を下げる。
そのあとに軽く頭を下げると、サンタクロースは来た道を戻るために、その明かりの中から出て行ったのだった。
***
(続く)
← 21話 | 23話 →
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?