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禁句 第20話

第1話はコチラから


 電話の向こうは、紛れもない武井の声だった。

「どうしたよ、ん、今か。
 いや、ほら、あの広場あるだろ、富士見が丘の。
 そう、景色のいい、そう、そこにいるよ。
 どうしたんだ」

 聞こえてくる武井の声は、いつもの落ち着きを取り戻していた。
 先ほどの様子は、どこにも見られない。
 心配することは、もうないようだった。

「え、ああ、いるよ、いる」

 阿倍が男をチラッと見る。
 それから携帯電話を男に差し出した。

「あんたに代われってよ。
 ほら、さっきまでいた、俺の連れだよ。
 確認したいことがあるって」

 しばらく行き場がないように、差し出された携帯電話は宙をさまよう。

 ようやく男がそれを受け取る。

「もしもし」

 男が電話口で話し始める。

 阿倍はまた夜景へと目を移す。
 静かで、まっすぐとここまで届く灯りの趣は、やはりまだ失われていなかった。


***


 その日、何度目かになるバス通り沿いを、武井は少女と並んで歩いた。
 少女は喋らずに、下を向いたり、車を眺めたり、行き交う人に目をやったりする。

人にぶつかることのないように、武井は気を配りつつ歩く。
 しばらくして駅から離れると、バス通りとはいえ人の数はいくらか落ち着いた。
 障害が減ったことで、武井の歩きにも多少の余裕が出てくる。
 坂道の分岐に来た頃には、もう大分歩いていた。
 体力を心配して、横にいる少女に目を向ける。 
 多少疲れてはいるだろうが、色濃く現れてはいなかった。

「プレゼント、喜んでくれるかな」

 坂道をいくらか進んだあたりで、少女が不安を口にした。
 家が近づくにつれ、計画に現実味を覚えたのだろう。
 買い物まで無事に済んだという安堵が、今度はその後の心配に繋がったようだった。

「大丈夫だよ」

 安心させるために、武井が答える。
 しかし、少女から不安を取り除けない。

「本当に」

 そう問われると、武井にも根拠はない。
 しかし、娘からのプレゼントに喜ばない父親などいない。
 そのはずだ、と武井は思い込むことにした。

「大丈夫だって」

 本当かなぁ、とつぶやき、少女は足元に視線を落とす。
 これ以上は、何を言っても不安を煽るだけのような気がした。
 ひとまずその辺りは触れず、武井には切り出すべきことがあった。

「サンタクロースはさ、本当にいないと思うか」

 少女が武井を見上げる。

 今日二度目になる質問に、不自然さを感じたのかもしれない。
 怪訝な色を思わせる視線が、武井に向けられる。

「いないって言ったじゃん」


(続く)

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