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禁句 第11話

【第1話はコチラから


「買いにいけるかい」

 安堵からか、先のことに気が回り始める。
 それどころかそもそもの状況についてまで思考を巡らし始めていた。

 プレゼントを買いに来ている。
 ひとりで。

「お母さんは」

 と尋ねる武井に、女の子は表情の強張りを見せる。
 警戒の時に見せた表情に似ていた。
 さらにためらいのようなものを見せた間ののち、女の子が観念するように口にする。

「おうち」

「お母さんは知ってるの、買いに来てること」

 女の子が首を横に振る。

 母親に黙って買いに来ている。
 ためらいを見せたのは、それが女の子の道徳観に反するからだろう。
 そこを押してまで、プレゼントを買いに来ているのだった。

「誰の、プレゼント」

 女の子が黙り、俯く。
 何事かを思案しているようだった。

「お父さん」

 父親に、か。

 クリスマスと父親の組み合わせに、今日はどうやら縁があるらしい。
 そんなことを思いながら、同時に違和感も抱く。
 クリスマスに、子供が父親へのプレゼントを買う。
 これ以上尋ねるのもしつこくなるかと思いつつ、それでも質問してしまう。

「何でお父さんに」

 女の子の顔が更に俯いたように見えた。

 そして、感情が静かにさざなみ立っていく気配を察し、武井は慌てる。

 女の子の堪えが再び限界を迎えつつあるようだった。

 武井の質問にはそれだけの威力が含まれていた、ということだが、その威力の根源が何なのかを考えることはひとまず置いておき、状況を打破するために思わず口にした台詞は思いがけないものだった。

「一緒に買いに行こうか」

 おいおい本当かよ俺。

 冷静に突っ込む自分を感じながら、女の子の反応を待ってみる。

 一般的には、知らないおじさんには付いて行ってはいけないはずだったことを思い出す。

「うん」

 いけないはずだったが、女の子の中では既に知らないおじさんから、何だか知らないが世話焼きで悪い人ではないかもしれないおじさん、程度には格上げされていたのだろう。
 思いがけない提案は受け入れられてしまった。

 しかし再び落ち着き始めた女の子を見て、ひとまず良しとすることにした。

「よし、それじゃあ買いに行こう」

 と促すも、女の子は歩き出す様子を見せない。

「どうした」

 と問いながら、いつ堪えが決壊するか分からない緊張感にハラハラする。

 俯いたままの女の子は、穏やかではないがひとまず現状維持で、しかしそこから進展させるものを感じさせなかった。
 武井もまずは様子を見つつ、そろそろ何かを言うべきか迷う。
 選択を誤れば、やはり決壊するだろう。
 そのうちにしばしの間が空き、結局女の子が先に口を開いた。

「買う物がね、決まってないの」

 つまり、買う物が決まっていない上にお金を落としてしまい、途方に暮れていた。

 俯く女の子が抱える問題の、ようやく輪郭を見た気がした。
 そして武井は、買い物選びにまで付き合うことになるのだろう。

 ここら辺で言えば、やはり駅前だろうか。
 デパートと駅ビルがある。
 大抵のものは手に入れることができるが、五百円で何が買えるだろうか…と、女の子を置き去りにして思案に耽っている状況に気付き、ふと見ると女の子がこちらを見上げている。

 まあ、いいか。

「それじゃあ、とりあえず駅の方に行ってみようか」

 女の子も、そもそもそのつもりだったに違いない。
 繁華街へと続くバス通り沿いでひとり佇む破目に陥ったのは、とりあえず駅前に出てみる思惑に挫折したからかもしれない。

 それにしても、と武井は思う。

 今日は何かが違う。

 いつもは突き放して見ることができたはずが、次第に渦中へと巻き込まれるように感じる。

 女の子を刺激しないように心中でため息をつき、駅へと向かう足取りと隣を歩く女の子に現実的な重みを感じつつ、とぼとぼと歩く。


***

(続く)

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