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禁句 第10話

【第1話はコチラから


 次第に声が落ち着き、しゃくりあげるようになり、そのしゃくりあげる間隔も緩やかになっていった。

 周囲の注目もようやく薄れてきた頃、女の子はやっと話すことのできる状態にまで落ち着いたようだった。

「プレゼントをね、買いに来たの」

 想定からすると、やや外れている台詞だった。
 噛み合わない気がして、とりあえず聞き返してみる。

「プレゼント」

 うん、と肯くが、そのあとに言葉がつづかない。

 この年頃の子供に、状況説明の詳細まで求めるのはさすがに酷なことだろう。
 そう思い、何とか思考を巡らせてみる。

 とにかくプレゼントを買いに来て、それから…

「プレゼントは買ったのかい」

 結局、武井自身も噛み合わない質問を尋ねてしまう。

 ううん、と女の子は首を横に振る。

 なるほど買ってはいない、と。

 だから、何だ。

 自らの質問センスを罵りつつ、武井は質問を続ける。

「なんで泣いたんだ」

 これだろう。

始めにこれを聞くだろう、普通。

 そんなことを思いつつ、その辺りに女の子の涙に動揺していた自分を見たような気がした。

 しかし女の子の表情に、また泣き出しそうな色が浮かび始める。
 つまりこれはこれで、女の子の泣き出すスイッチを入れてしまう危険をはらんでいたのだった。

 改めて動揺し、武井は顔を強張らせて構える。

 思いのほか、女の子は気持ちが閾値に達するのを押さえ込み、ぐっとこらえて話のできる状態を保とうとしていた。
 ゆっくりと安堵し、絵に書いたようなほっとした息をつく。

「お金、なくなっちゃった」

 なるほどね。

 ようやく納得がいく。
 お金。

でもこれを解決する方法は、明白でありながら、多少心構えが必要ではある。

「落としたのか」

 うん、と女の子。

「いくら」

「五百円」

 再びほっと胸を撫で下ろす。
 そもそもこの年頃の女の子がどれほどのお金を所持していたと考えていたのか、身構えた自分に苦笑する。

「そうか」

 と、財布を取り出して中を探る。
 それから五百円を少女の前に差し出す。

「これ」

 そのまま武井は言葉に迷う。
 女の子も案の定、対応に困っているようだった。

「これ、貸してあげるよ」

 ようやく出てきた言葉だったが、女の子の戸惑いに変化は見られない。
 遠慮がそうさせているのかもしれなかった。

「五百円は探しとくからさ、とりあえずこれで買いなよ」

 ぶっきらぼうかもしれない、と懸念しつつも、女の子の反応を待ってみる。

 女の子は武井の顔を見てから、その五百円へと視線を移す。
 おずおずと手を出し、五百円を受け取る。

「ありがとう」

 消え入るような小さな声だったが、武井に最終的な安堵を与えるには十分だった。


(続く)

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