【小説】 スクープ・ストライプ  vol.13
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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.13

Ⅳ. Scoop Stripe!

「わたしが手芸部に入部したいと思ったのは、母にブラジャーを作ってあげたかったからです。
 わたしの母は乳がんを患っていて、左胸の乳房を全摘しています。
 それで医療用のブラをつけているのですが、ある時、こんな風にこぼしているのを聞きました。
『もうちょっとかわいくってもいいわよね。ボーダーのブラとか選べるようになったらいいのにな』
 わたしは、そんな母の願いをかなえたいと思っています。
 この学校の手芸部のみなさんの作品を文化祭で見たことがあります。とても素敵でした。また、職業用ミシンがあることも魅力に感じています。
 今もブラは作っているのですが、それよりもずっとクオリティの高いものを作ることができるのではないかと期待しています。
 よろしくお願いします」
 こうあいさつすると、バチバチバチと力強い拍手が打ち鳴らされた。顧問の伊藤先生だった。
「いいね。医療用ブラ。ぜひ作っていきましょう」
 パチパチパチ……、とお愛想の拍手が続く。わたし、張り切り過ぎちゃったかなと思って、先にあいさつを終えていた冬夕の方を見る。
 冬夕は一度うなずき、小さくガッツポーズをする。
 わたしはほっとして席に着く。

 一年生の春、手芸部に入部した時のあいさつだ。
 今、わたしは文化祭の展示ブースに腰掛けて、はじめてこの教室に入った時のことを思い出している。
 手芸部の先輩はみんな、優しそうだったけれど、どこかよそよそしかったな。
 そしてあの時、わたしのあいさつを聞いていた先輩たちは、みんなやめてしまって、残されたのは冬夕とわたしだけになった。
 それは、冬夕とわたしがブラジャーを作っているという噂が、またたく間に全校に広がってしまったためだった。噂というか、事実なんだけれど、それはなぜかセンセーショナルな話題として取り扱われていた。わたしたちは母のことを思い作っているから、性的なシンボルとは微塵も思っていない。それでも、高校生っていうのは案外、純情で、『ブラジャー』という存在に過度に反応してしまうところがあったのだと思う。
 高校生に限らないのかな。
 なんとなく、そういうエッチで茶化したくなる気持ち、分かる気はするんだけれど、なんか、それって幼いよね、と思っちゃう。
 うーん、わたしがドライだからっていうのはあるのかもしれないんだけれど、なんかね、社会が許している露悪、みたいに感じてしまう。
 子どもたち、とひとくくりにしてしまうのもよくないんだけれど、彼らに媚びようとして、うんこ、とか、おしり、とかモチーフにした学習用具があるけれど、あれって本当によいのかなあ、って思っちゃう。抑えがたい欲望を肯定するような感じ。それらは認められていると、ちいさな時から錯覚してしまうのじゃないかと思うんだよね。
 わたし、考え過ぎ?
 でも、とりわけ男の子たちの許され方ってなんか腑に落ちない。
 理系クラスに進んだわたしたちにとっても、それは身に迫る問題になっている。
 特に大学受験という、人生を左右する出来事で行われている不正が、わたしを不安にさせる。
 医大を目指しているクラスの女子に言わせれば、
「それは、もともとそういうものでしょ。それ以上の点数を取ればいいだけ」
 なんて発言するのだけれど、それは強がりだと思うし、ちっとも正しくない。だって、もし女子たちの合格率があがれば、それだけ医師に占める女性率も高くなって、環境が整うと思うんだよね。
 なんでこんなにこだわるかっていうと、わたし、ママの主治医が女性だったらなあって、思うことがあるから。
 乳房を失うということは、本当に大事なものを損なうことだと思う。
 命が守られて、それはとても嬉しいし、この上なく安堵しているけれど、ママの人生はこれからも続く。
 がんの再発も怖いけれど、ママはリンパ浮腫になることもおそれている。腕などがパンパンに腫れあがってしまうこと。もちろん生活に支障をきたすし、ブラだけでなく、お気に入りの洋服に袖を通すこともできなくなる。ノースリーブのワンピースを着ることを躊躇してしまう。
 幸い、病院にはケアセンターもあって、そういうことの相談もできる。でも、どうもその心配を主治医(男性医師)はあまり理解できていないみたい。もちろん、知識はしっかり持っていて、適切な治療方針を示してくれていると思う。
 でもね、でもね。
 乳がんは、おおむね女性が罹患する。術後のケアや気になることは、やはり男性と女性では違ってくる。そこで、女性医師が多くなり、環境が整ったら、患者にとっても大きなメリットになるんじゃないかって思うんだ。全員が女性になればいいって言っているんじゃないよ。患者側に選択肢があればいいな、と思うの。

***

「ああ、素敵です。こういうブラを探していたんです」
 文化祭を訪ねてくれたマーサさんは、県をまたいでやって来てくれた。
「地元では、見つけることが全然できなくて。もちろん通販ではいろいろ見かけるようになってはきたけれど、このブラはとりわけ、キラキラって輝いて見えたの」
 マーサさんは、男の子の手を握りながら、もう片方の手でキラキラっていう仕草をして見せてくれた。
 それを見て、なんだか胸が熱くなった。
「どのブラジャーも左右のパッドを調整することができます。気に入ったデザインがあったら、ぜひ試着をしてみてください。お手伝いもします」
 じゃあ、こちらを、とフィルグラに一番最初にアップしたブラを選ぶマーサさん。
「中也はパパのところに行っていて」
 男の子はすぐさま、廊下の方に走ってゆく。照れくさかったのかな。少し、おはなししたかったな。
「こちらが試着室になります」
 冬夕が家庭科準備室を案内する。
「パッドの厚さなどを調整しますので、ごいっしょさせていただきます。よろしいですか?」
 一瞬、瞳を泳がせたあと、マーサさんはメガネの縁をあげながら笑って言う。
「ええ。三角さん? 結構、傷痕グロいけど平気?」
「わたしたちの母は、それぞれ乳がんのサバイバーです。ですから、傷痕のこと、そんな風に思ったりしません」
 冬夕のまっすぐな視線に、マーサさんは一度うつむき、今度は天井を見上げる仕草。
「ごめんなさい。悪気はなかったの。とっさに自分を守っちゃったわ。わたしだって、グロいなんて思っていないもの。これがわたしの生きている証しなんだから」
 試着と調整を終えて、マーサさんが準備室から出てくる。
「向こうに鏡がありますので、シルエットを確かめてみてください」
 マーサさんは、左右に体を振り、ポーズをとり、全体のシルエットを確認している。なんどもそれを繰り返したあと、わたしたちの方を向き、言う。
「とても気に入りました。ぜひ、このブラをください」
 すかさず冬夕が
「揃いのショーツもありますが、そちらはどうなさいますか?」
 マーサさんは、目を見開いて
「そうそう、フィルグラで見ていたんだった! 上下セットにしてくれる医療用ブラなんて、わたし聞いたことなかった。それってすごく素敵なことよ。もちろんいっしょにいただくわ」
 そう言ったあと、わたしたちそれぞれに握手を求めてきた。
「がんばって。応援しているわ。このことをフィルグラで発信してもいい? あなたたちの写真は、……そうね、今は遠慮しておくわ。でも記念写真はいいでしょう?」
 高階がここにいたら、いい写真を撮ってくれるだろうけれど、今は手持ちのスマホで。マーサさんがインカメラで自撮りするその左右に、わたしたちの顔をすべりこませる。
「本当に嬉しい。ブラももちろんだけれど、あなたたちみたいな女の子がいることがね。あー、これで勇気出た。わたし、来週、術後一年目の検診があるの。すごく怖かったけれど、このブラつけてゆくわ。
 通院と放射線治療、投薬も欠かしていないし、大丈夫だと思うけれど、それでもやっぱりすごく心配していた。
 でもね、お気に入りを身につけるっていうのは、嬉しくて気持ちがあがるし、とっても自信になるのよ」

 文化祭、わたしたちのブースは、その場を離れて他の展示を見にゆくことができないくらい盛況だった。フィルグラで予約をしてくれた人がひっきりなしにやってきてくれた。そしてその人たち、全員がスプスプのブラを(ショーツも合わせて)購入してくれたのだった。
 それは、わたしたちにとって、そして顧問の伊藤先生にとっても大きな驚きだった。このことは励ましとなり、そして自信になった。
 遊びに来てくれた友だちの相手をすることができなかったけれど、それを含めても充実した時間だった。
 谷メイなんかは、
「わたしの晴れ舞台を見られないなんて、ウィンターズかわいそうだから、せめて衣装は見せてあげるね」
 そう言って、メイクと衣装を施して、二回もやって来た。
 ヒロインなんだぜい、とサムアップして去っていった。ドラァグクイーンみたいなメイクと衣装だったけれど、それが、演劇部の見つけた新しいヒロイン像なんだろうか。すっごく気になる。メイの舞台も見たかったな。

( Ⅳ. Scoop Stripe! 続く)

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サンキュー。袖口から花びらが甘く香ってこぼれますように。
私の世界はどこまでも平ら、レイヤーの目を入れたり消したりして、時々君の前に現れよう。物語を書きます。刺繍をします。インクの子どもたちの声を聞きながら。ホームページ http://www.roverdover.com / ヘッダー画:茅野カヤ