【小説】 スクープ・ストライプ  vol.12
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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.12

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 撮影はわたしのママのアトリエで行われた。人物撮影用の背景のスクリーンはなかったけれど、
「レースのカーテンがあれば大丈夫」
 そう高階が言うので、それを壁いっぱいに提げる。
 エミリーに着けてもらうのは、スプスプの医療用ランジェリーでも比較的ラグジュアリー感のあるアイテム。アンティークのレースをあしらった、白地なので一見シンプルに見えるけれど、着け心地もシルエットもとても上品に仕上げているもの。
 着脱と着け心地に配慮するため、フロント開きのスナップボタン留めなのだけれど、なるべくボタンだとわからないようにレースで覆っている。ブラ紐のアールもきつめで、デコルテを少し広く見せるようにしている。傷口やなくなった乳房を考慮しなくてはならないから、できる範囲のところでエレガンスを醸し出すようにしている。

「では、撮影入りまーす! よろしくお願いします」
 颯爽と登場するエミリー。ああ、本物だ、と思う。ランジェリー姿だからといって、1ミリも恥ずかしがるところがない。むしろ、堂々としている様が、学校にいる時よりも際立っている。編み込みされたロングヘアが、まるでティアラのよう。
 そして、被写体と撮影者の息がぴったりと合っている。
「エミリー、いいよ。もっと顎を上げて、気品高くして」
「うん、すごくいい。今度はこっちに目線をちょうだい」
「ライト、もっとエミリーに強く当てて!」
 冬夕とわたしは、高階に言われるままにライティングやセッティングを行う。
「じゃあ、同じ感じで他のアイテムも一気に撮っちゃおう」
 わたしたちは、エミリーのフィッテイングを手伝う。胸がむき出しになってもおかまいなしだ。乳房の形も乳首も、ツンとしていて理想的なおっぱいだ。
 でも、わたしたちは、それを失ってしまった人のためにブラをつくる。やっぱり、ママをモデルにした方がよかったのじゃないかという後悔の気持ちが湧きあがる。実際のサバイバーが身につけている方が利用する人たちに寄り添っているのじゃないか、そう思う。
 見学に来ているわたしたちのママの様子をうかがう。ふたりともじっと、エミリーを見つめている。
 どんな風に感じているのだろう。自分の損なわれた健康を思っているだろうか。胸元が疼いていたりしないだろうか。
「じゃあ、ラストのシュートです。お願いします!」
 エミリーは最後まで堂々として、本当に完璧なモデルだった。
「終わりでーす」
 高階が声をあげると、ママたちが一斉に拍手をする。
「エミリーちゃん、素敵! 最高!」
「そのブラ、わたしも着けてるのよ!」
 エミリーはにこやかに笑い、一礼をする。
「素敵なモデルさん。わたしたちが、どんな風に歩いたり、振る舞ったりしたらいいかを示してくれたわ。彼女から、すごくエールを送られているのを感じるのよ」

 撮影が終わるとすぐに高階は自分のラップトップで写真の選定をはじめる。
 写真が決まると、今度は色の調整を始め出した。
「うそ! 撮影した時の写真、なんだか暗いな、と思っていたら、めちゃめちゃ明るくなってるし、すごく素敵になってるじゃん!」
 高階は、へへへ、と鼻をこする。
「わたし、自分用のフィルターをつくっているから、それで現像してみるね。そこからディテールがはっきりするようにシャープネスとか整えてみる」
 正直、暗くてどよんとした感じの写真で、わたしたちの方がうまくない? とか思っていたけど、そんなことなかった。重めだった画像が、みるみる明るくなり、びっくりするほど最高の写真になった。色の感じで、ここまで変わるなんて驚きだ。冬夕も画面に釘付けだ。
「ヒーコちゃん、さすが。エミリーの美しさも際立つし、ブラのテクスチャーもさわれるように感じる」
「ピントは、結構、カリカリに合っていると思うよ。偽色は入れないようにするね。あくまでも商品に忠実になるように調整します。とはいえ、スマホによっても、その設定によっても色って違うから、この画面での調整になるけどね」
 写真の納品は後ほどメールで、ということになり、今日の作業はここまで。あとはお楽しみのアフタヌーンティー。
「あ、これクロテッドクリームですよね」
「ヒーコちゃん、よく知ってる。さてはイギリス好きだな?」
「あ、いえ、どっちかっていうと、食いしん坊です。以前にこうやってお茶をいただいたことを思い出しました」
 そう言ってエミリーに目配せをする。エミリーは両手の人差し指を上に向け、アーメン、と言った。
 ふたりは、うなずきながら優しく笑う。彼女たち、クリスチャンなの? それであんなに息がぴったり合っていたのだろうか。
「エミリー、はい。今日の謝礼。ギャランティって言えばいい? 本当にありがとうございました」
「こちらこそ、いい経験になったわ。ところでスプスプは、最初に見せてもらったような一般のブラもつくるのだったよね」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、この料金で、上下揃いの下着をつくってちょうだい」
 そう言うとエミリーは、冬夕が渡したばかりの封筒をその手に返す。
 呆気にとられる一同。すかさず突っ込む高階。
「エミリー! なにかっこいいことやってんの? わたしが幼いみたいじゃんか!」
「ふふふ。ヒーコちゃんにはこちらです。きっと気にいると思うよ」
 冬夕が高階に紙袋を手渡す。高階はそれを胸の前に抱える。
「ありがとう、スプスプのふたり。お母さんたちも。わたし、撮影ができて本当に嬉しい。運営、大変だと思うけれど、がんばってね」

***

 その日の夜、さっそく高階からメールで写真が送られてきた。フィルグラのDMで送ってもいいけど、解像度が下がるから、と言ってメールアドレスの方にデータを送ってくれたのだ。
 そうするとすぐに、わたしのスマホにロップイヤーがやってくる。

>フィルグラアップするね

>オーケー

 わたしは眉の太いクマのサムアップスタンプを送る。
 さっそく冬夕がフィルグラのスプスプアカウントに写真をアップロードする。

『スクープ・ストライプ公式アカウントです。これから、医療用ブラジャーのアイテムを公開していきます。よろしくお願いします!』

 エミリーの着衣写真。ブラ単体のアップ画像。ショーツと組み合わせたイメージ画像をアップする。
 ハッシュタグもたくさんついている。
 たちまち、いいねがいくつもつく。わたしたちもそれぞれ個人のフィルグラアカウントで、このエントリーをリグラムをする。
 クラスメイトからいいねがたくさん届く。コメントも瞬く間に増えてゆく。

>かわいい〜♡

>スプスプ、おめでと〜

>エミリー、めっちゃ美人! スタイル抜群!

>お、ガチ脱ぎじゃん

>えっろ

>はあ? オバブラじゃん。勃たねえ〜

 予想はしていたけれど、やっぱりこういうコメント届くよね。なんかすごく心が痛む。撮影の時の高揚感が一瞬のうちに去ってしまった。

>エミリーたん (;´Д`)ハァハァ

>いや、マジでエロボディ

>私は乳がん患者です。右の乳房を全摘しています。このブラはとても素敵です。どこで購入することができますか?

「えっ?!」
 わたしはコメント欄を凝視する。そのスマホの画面に冬夕からの通知が入る。

>フィルグラ、見て

>見てる

>TELする

 冬夕からすぐに電話がかかってきた。
「雪綺、見た?」
「見た」
「これから、この人のことフォローしてDM送るね。あ、その前にコメントバックするね。ちょっと待って」
 コメント欄にスプスプのペナントがあらわれる。

>コメントありがとうございます。フォローさせていただいたので、相互フォローをお願いします。その後、詳細をDMいたします。

「コメントした」
「うん」
「あ、フォローされた。DM来た! うんうん。きっと冷やかしじゃない。どうしようか。まだオンラインショップは開設していないし、とりあえず文化祭の展示のこと伝えようか」
「それがいいと思う。」
 冬夕の声が少し慌てていてうわずっているのが、なんだか面白い。
 また、興奮がわたしを包む。
 コメント欄は沈黙している。
 応援のコメントにはハートマークがつけられてゆく。
 届いた。
 届いた。
 ママたちの他にも、当たり前だけれど、サバイバーはいるんだ。必要な人に、わたしたちはわたしたちのブラを届けることができる。

***

 文化祭当日、いつものようにペナントをドアに提げ、家庭科室をわたしたちスプスプのアトリエにする。
 今日は開放日だから、扉は閉めない。
 そわそわする気持ちを少し煽るように、廊下からざわざわした気配が間欠泉のように、途切れながら流れてくる。

 フィルグラに初めて写真をアップした日、コメントくれた乳がん患者さんはハンドルネームをマーサさん、といった。
 あのコメントをきっかけに、スプスプのアカウントは、すっくと立ち上がったように思う。
 それからしばらくの間、真摯な問い合わせが相次いだ。
 かわいいブラを求めている人が本当に多いことを知った。それもみんなサバイバー。今も病いと闘っている人たち。
「病いと戦う人のQOLをあげること、本当に大事なんだ。雪綺、わたし、スプスプを続けることが少し怖くなっちゃった」
「冬夕?」
 椅子に腰掛けた冬夕は、自分の手のひらをじっと見つめている。
「でも、これがわたしが望んでいたこと。わたしが雪綺といっしょにやっていきたいこと」
 うん、と言ってわたしは冬夕の手を握る。
「わたしたちは、喜んでくれる人に、応えたい」
 ふっと、空気の流れが起こり、人の入ってくる気配。
 わたしたちは慌てて立ち上がる。
「こんにちは、マーサです」
 眼鏡をかけた、わたしたちのママくらいの年代の女性。やんちゃそうな男の子と手を繋いでいる。
「はじめまして。スクープ・ストライプの三角冬夕です」
「松下雪綺です」
 マーサってなんだよお、と言いながらお母さんの足にまとわりつく男の子。
 マーサさんは笑っている。
 今、スプスプの新しい世界がはじまろうとしている。ううん、もうはじまっている。
 展示している医療用ブラを手に取る冬夕。
「試着室もご用意しています」
 わたしたちは、そう、ブランドをはじめたのだ。

( Ⅲ. Shooting! 終|Ⅳ. Scoop Stripe!! へ続く)

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高階柊が主人公の物語『マジックアワー』もnoteに掲載されています。テクニカルなカメラ女子小説です。スプスプと合わせて、ぜひ、ご覧ください。


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サンキュー。枕のようなギモーヴがいつか突然、届きますように。
私の世界はどこまでも平ら、レイヤーの目を入れたり消したりして、時々君の前に現れよう。物語を書きます。刺繍をします。インクの子どもたちの声を聞きながら。ホームページ http://www.roverdover.com / ヘッダー画:茅野カヤ