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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.1

Ⅰ. Proudly!

 放課後の家庭科室でわたしたちはブラジャーを縫っている。2台のミシンの音がダダダ……と追いかけあって、こだましている。
 学校でブラを縫い始めた当初、好奇の視線にさらされていたわたしたちだけど、そういうのは、さっぱりと無視した。これはれっきとした部活動だし、わたしたちはとても真剣に、丁寧にこの作業を行なっている。
 手芸部なんていうファンシーな名称をいただいているけれど、わたしたちは、ブランドを立ち上げているつもりだ。だから、そろそろ学校の部活動からは巣立つ時期じゃないかと思っている。

 バチン、と糸の切れる音がする。片方のミシンの音がやむ。
「雪綺、できた」
「冬夕、はやい」
 冬夕は縫いたてのブラを両手で広げて見せる。フロントホックで、わたしたちが、特にわたしがつけるにはカップが少し大きい。
「シンプルだけれど、かわいい。さすが」
「雪綺のは、どう?」
「もう少し」
 わたしのミシンは、脇のカーブから直線にその針を進める。端まで到達するとミシンのレバーを下げ、返し縫いをして糸を切る。飛び出している上糸と下糸を糸切りばさみで切って仕上げる。
「こんな感じ。どうかな?」
「すてき。これなら絶対に喜んでもらえる」
 わたしたちは笑いあい、グーでタッチをする。
 その時、ガラガラと教室の戸が開かれる。わたしたちはとっさにブラを隠す。
「ウィンターズ、できたかい?」
 がさつな女子が入ってきた。谷メイ。去年までのクラスメイト。彼女は部活中じゃないのか。
「なんだ、メイか。やめてよ、ノックとかしないで入ってくるの」
「そんな風ににらまないでよ。美しい顔が台無しですよ。ウィンターズは、とびきりの美人ちゃんなんだから、ほら微笑んで、わたしをとろけさせて」
 メイは演劇部だからすぐ芝居調になる。
「そのウィンターズってやめてよ」
「だって、ユキにフユだよ。もうすぐ夏だっていうのに、冬真っ盛りじゃん」
「まあ、そうねえ」
 冬夕がのんびりと答える。
「そうじゃない。わたしたちをもうウィンターズなんて呼ばないで。それと、手芸部も今日まで。わたしたちは、自分たちのブランドを作ったんだ」
「マジか……。それマジで言ってんの?」
「そうだよ」
「かっけー! さすがウィンターズ」
「違う、スクープ・ストライプ」
 谷メイは一瞬、きょとんとする。でも、すぐに承知して、わたしの言葉を拾う。
「スクープストライプ? それってどんな意味があるの?」
 わたしは、冬夕の方を向く。冬夕はうなずく。
 メイの方に向き直り、答える。
「ストライプはしましま。わたしたちはブラの生地に少なくとも1箇所はしましまを入れようと思っている」
「それは分かる。スクープは?」
 その問いには、問いで返すわたし。
「メイは、ワッフルコーン? それともカップ?」
 メイは不思議そうに首を傾げて冬夕の方を向く。冬夕はふんわりと微笑む。
 じれったそうな表情でメイが聞く。
「それって何の話?」
「下校途中で食べるアイスの話」
「あー、それなら、あたしはコーン派!」
 メイは、きっぱりと答える。トリプル、コーンで、って注文する姿が目に浮かぶ。
「そのコーンに乗せるアイスをスクープするって言うでしょ。わたしたちは、カップのことを考えるんじゃなくて、そのスクープされる方、おっぱいのことを大事にしたいの」
 メイは、ちょっとドギマギした顔を見せる。おっぱいって言葉に反応したんだ。わたしも、今はもう慣れっこだけれど、最初はとても躊躇したことを覚えている。
 メイはうつむいて、うなずきながら答える。
「うん。ウィンターズの考えることは、すごいよ。あたし、素直に尊敬するよ。それは君たちのお母さんのためにしていることなんでしょう?」
 わたしは冬夕と目配せをする。冬夕が口角をあげて笑顔をつくる。
 わたしはうなずいてから、メイに向かって答える。
「最初はそうだった。もちろん、今だってママたちのために作るよ。だけど、もうそれだけじゃない。みんなにやさしいブラを作りたいと考え始めたんだ。だからスクープ・ストライプを立ち上げる」
「めちゃ、かっこいいな。スクープ・ストライプ、スクスト?」
「うーん、わたしたちはスプスプって呼んでいるよ」
 冬夕が答える。
「かわいい。スプスプ、いいね。あたし、張りきって宣伝しちゃう。で、そしたらあたしのブラも作ってよ」
「お、モデルになる?」
「あー。あたし、胸には、ちょっと、自信ないかな。へへ。ぺったんこだしなー」
「わたしもそう。でも、それじゃいけない? 胸がある人もない人も、失った人も、みんなおしゃれできるようにするのが夢なんだ」
「わたしたちスプスプのね」

 メイはサムアップして家庭科室を出てゆく。わたしたちは互いに目配せして、ふう、と息をつく。
「あ、そうだ」
 冬夕が両手を合わせて、忘れてた、と言って、かたわらのバッグの中から何やら取り出す。
「これね、作ってみたの」
「あ、これ、スプスプのロゴマーク?」
「そう、刺繍してみたんだけどどうかな?」
 それは、Scoop Stripeの文字がオレンジとブルーの糸でしましまに刺繍されている三角形の布だった。なんだか懐かしい気持ちになる。
「こういうの、ペナントって言うんだって。おじいちゃんの家にいっぱい飾ってあってね、かわいいなあと思って作ってみたんだ」
 わたしも見たことあったかな?
 この三角形の旗をなびかせて、海に出発する光景が浮かぶ。
「船で海に出るみたいだ」
 わたしは素直にそれを伝えた。
「スプスプ号、出航!」
 わたしたちは、またグータッチをする。

 ミシンの音がやみ、静かになった家庭科室にエアコンの音が低くうなっている。
 コンコン……。
 ミシンを片付けていると、控えめなノックの音が聞こえる。わたしたちは目配せをしたあと、
「どうぞ」
 と、声をかける。
 ガラガラと引き戸を引いて入ってきたのは杉本さとみ。谷メイのクラスメイトで、冬夕の去年のクラスメイト。
「さとみちゃん。ハロー」
 冬夕が声をかけると、腰のところで小さく手を振って
「ハロー、冬夕ちゃん」
 はにかみながら入ってくる。
「あの、ね。さっきメイちゃんに会ったのね。そしたら、なんだかすごいことをふたりがはじめるって聞いて。それで、相談があってきたんだ」
 谷メイ、何をしゃべっているんだ?
「なあに、さとみちゃん」
「うん、わたし、あの、胸がね……」
 わたしはすっと彼女の胸元に視線をおく。ふくよかな胸。何か病気とかのトラブルがある?
「胸が、大きくて困ってるの」
「ふうん。からかわれる?」
「それもあるし、えっと、痴漢される」
「は? どこで!」
 わたしはいきり立って、立ち上がる。
「うん。自転車に乗っているとね、後ろからきた自転車の人とか、バイクの人とかに追い抜きざまに胸を掴まれるんだよね」
「許せない! それって警察案件でしょ」
「うん。そうなんだけどね。もう、そうされたら、怖くって声も出なくなってしまうの。それで、相談があるんだ」
 わたしたちは、椅子を引き出して彼女を座らせる。
「ほら、わたし、胸が大きいでしょ。それがいけないのかなあって」
「はあ? 胸が大きいのが悪い? 悪いのは痴漢する奴らでしょ! 100パーセント!」
「そう、なんだけどね。それとは別で、なんていうのかな、大きい胸をちょっと持て余してもいるんだ。もしかして、ふたりに相談したら、胸を小さく見せるブラとか作ってもらえるのかなー、なんて思って。それで、痴漢されなくなったらホッとするし」
 わたしは、なんだかすごくもやもやしている。正直、わたしも痴漢に遭う。露出狂に遭遇したこともある。日本て犯罪率が低いイメージあるけれど、それって間違っていると思う。痴漢は性犯罪だし、いじめは暴行罪だ。なんていうか、じめじめっとしていて嫌な社会だ。
「もし、そういうブラを作れて、杉本の抱える問題が解決できたら嬉しいけれど、それって本当に解決になるのかな。それよりもさ、」
「雪綺、待って」
 冬夕はわたしのことを手で制して、杉本の方を向く。
「さとみちゃん。わたし、さとみちゃんにぴったりのブラを作ってあげたいと思うよ。そのためには、採寸しないといけないけれど、わたしが測ってもいい?」
「あ、うん。もちろん」
「それなら決まり!」
 冬夕が両手を胸の前で合わせる。
「最初に費用のことを話しておくね。わたしたち、ボランティアじゃないから、お金をもらうんだけれど、それでもいいかな?」
「もちろん! でも、あんまりお小遣いもないけど、……高い?」
「市販のブラと同じくらいはするよ。さとみちゃんはブラって自分で買ってる?」
「うーん、選ぶのは自分で選ぶけれど、その分は請求してる。下着はまだ買ってもらっているの」
「じゃあ、ママに相談してみて。オーケーなら、明日採寸しよう。えーと、場所はどこか探しておくね」
「冬夕ちゃん、ありがと。またね」
 杉本はわたしに、ぴょこんと頭を下げてドアを開けて出てゆく。

( Ⅰ. Proudly! 続く)

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