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松尾芭蕉の聖地を巡る会〜山寺編〜

8月11日は山の日

2020年に登場した新しい祝日です。祝日法第2条によると、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する。」という思いが込められ、山の日は制定されました。

山の日からお盆休みに入る方が多いのではないでしょうか?2024年の山の日は、山形県の山寺を訪れた時の話をします。

山寺の歴史

天台宗の開祖、最澄の弟子が建てた

山寺は、宝珠山立石寺です。880年に唐から帰国した円仁(慈覚大師)が創建しました。円仁は、最澄の弟子です。最澄は、天台宗という日本の仏教の宗派を開いたことで有名です。義務教育課程の歴史の教科書にも登場します。円仁は最澄が開いた天台宗のアップデートに取り組みました。

松尾芭蕉も訪れた寺院

江戸時代には、旅する俳句家、松尾芭蕉も訪れました。松尾芭蕉は、参道に響く蝉の声を聴き、閑かさシズカサや岩にしみ入る蝉の声」という一句を残しました。意味は、「なんて静かなのだろう。石に染み入るように蝉が鳴いている。」

参道を歩くと、松尾芭蕉がこの一句を詠んだときの心情が感じられます。

山寺へ行ってきた

仙山線で山寺駅に向かった

仙台駅から仙山線山形行きの快速電車に乗り、山寺駅へ向かいます。仙台市と山形市を結ぶ仙山線。面白山高原オモシロヤマ駅から山形県に入ります。仙台駅から快速で1時間、山形駅から20分で着きます。山寺駅は、山寺の最寄駅であることから名付けられました。

山寺駅で下車する

山寺駅を降りると、江戸時代から変わらない宿場町の雰囲気が残されていました。蕎麦屋さんなど飲食店、宿も並んでいました。

江戸時代の宿場町のような風景
宿も並ぶ

参道を通って1015段の階段を上がる

ネコに招かれて参道へ入りました。杉並木が広がる参道では、松尾芭蕉の句にあるよあに、セミの合唱が広がっていました。杉1本1本が天へ届けと言わんばかりに、まっすぐ伸びています。

山門から山寺への道のりが始まります。山門では、入山料を納めます。高校生以上は300円、中学生は200円、小学生以下は100円を納めます。山門から、奥ノ院を目指して1015段の階段を上がりました。

石段沿いに寄り道したくなる建物たち

奥之院へつながる石段沿いには、本堂などお堂や塔が配置されています。

本堂

1356年に建てられました。ブナ材をメインに使用した建築物としては、日本最古です。木造薬師如来坐像が本尊として安置されています。御朱印もいただくことができます。

弥陀洞

弥陀洞ミダホラに圧倒させられます。弥陀洞は、雨風によって岩が削られ、年月をかけて阿弥陀如来の姿をつくり出したと言われています。1丈6尺(約4.8m)という大きさから、丈六の阿弥陀ともいい、仏のお姿に見ることができる人には、幸福が訪れると言われています。

弥陀洞

仁王門

奥ノ院を守るために、仁王門があります。仁王門をくぐり抜けると、寺院の密度が上がります。

仁王門

奥之院

山寺駅から歩くこと30分。奥之院へたどり着きました。奥之院から、山寺の建物群、立谷川に沿った街並みなど、石段を登ったものにしか分からない絶景が広がっていました。この絶景を観ると、達成感とともに疲れも吹き飛びます。

奥之院
石段から眺める山寺

2024年の山の日は、山寺を訪れたときの話をしました。2025年以降も、山の日には、山の話をします。

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参考文献


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