「ゲノム編集×医療」~DNAを手術する時代の到来~


ゲノム編集に期待される医療への革命

2020年10月、「DNAのメス」とも呼ばれるゲノム編集は、ノーベル化学賞を受賞した。

ゲノム編集は、生物の設計図とも呼ばれるDNAを、まるでワープロのように一文字一文字書き換える画期的な技術である。農作物への応用は有名だが、既に医療分野への応用も進んでおり、医療に革命をもたらすと期待されている。

今までの医療では対処療法がメインだったが、ゲノム編集を使えば、人間の設計図にアプローチすることが出来、病気の根本原因を除去することも将来的には可能になると思われる。

事実、「Google」と「アマゾン」という昨今の経済界をけん引する2大巨頭も、ゲノム編集に注目している。
2社は、クラウド事業の一環として、医療機関・大学・製薬会社の研究室から大量のゲノム情報を預かり、自社のデータセンターで保管するサービスを既に提供している。


そもそもゲノム編集とは?

ゲノム編集は、生物の設計図を狙い通りに書き換える技術である。

そもそもゲノムとは、英語の「gene=遺伝子」と「ome=集まり」を一緒にした造語で、あらゆる生物が持つ遺伝子情報全体を意味する。

その正体はDNAという化学物質である。DNAはヌクレオチドという化学物質が繋がって出来ており、ヌクレオチドには、「G」「A」「T」「C」の4つの塩基で構成される。

私達すべての生物には、「GATCGATCGATCGATCGATCGATC~~~~~」のように「G」「A」「T」「C」で構成される設計図(DNA)があり、それを一文字一文字書き換える技術がゲノム編集技術である。

ゲノム編集技術では、狙ったDNAをピンポイントでハサミのように切ることの出来る「酵素」を使って生物の設計図を書き換える。

2種類のゲノム編集医療

ゲノム編集を使った新型医療が治療対象とするのは、私達の体を構成する様々な細胞(DNA)である。
そもそも細胞には、「生殖細胞」「体細胞」の2種類ある。

①生殖細胞
精子や卵子など、人間の生殖に必須の細胞の事。両社が合体した後の受精卵も含まれる。

➁体細胞
目や耳、手足、皮膚や筋肉、各種臓器など、私達の体を構成する様々な細胞の事。血液の成分である赤血球や白血球も体細胞の一種である。

将来的に、「生まれる前に治す」といった革命的な医療を可能にするのが、生殖細胞へのゲノム編集である。しかし、すでに臨床研究等で先行しているのは、体細胞へのゲノム編集である。


対体細胞~既にエイズや白血病患者の救世主に~

体細胞をゲノム編集する治療は既に始まっており、2010年にエイズ患者への免疫療法にゲノム編集を応用したケースが代表的である。

そもそもエイズは免疫細胞の一種であるT細胞にHIV(ヒト免疫不全ウイルス)が感染することで発症する。HIVがT細胞内部に侵入し、細胞破壊をしてしまうのである。

アメリカのベンチャー企業「サンガモ」の研究チームは、男性患者の体内から取り出したT細胞をゲノム編集し体内に戻したところ、HIVは感染力を失い、男性の免疫力は飛躍的に回復した。

このケースは、ゲノム編集を医療に応用した初めてのケースであり、いきなり難病の治療に応用され、しかも大成功したことにより、医療関係者や研究者の間でゲノム編集への関心が一気に高まったきっかけとなった。

上記のように「体内から取り出した細胞をゲノム編集し、体内に戻す方法」と、「体内の細胞を直接ゲノム編集する方法」が存在する。

現状、ゲノム編集は「オフターゲット効果=失敗可能性」もあるので、体内での直接ゲノム編集は難しい。

また、例えばガン患者を想定すると、ガンが体内で様々な細胞に拡散されている為、それら一つ一つをゲノム編集するのは至難の業である。


対生殖細胞~生まれる前に病気を治す~

体細胞へのゲノム編集に対し、生殖細胞へのゲノム編集は、実現すればもっとシンプルかつクリーンに病気を治すことが出来ると期待されている。もはや「病気を治す」というより、「病気の芽を摘む」医療になるかもしれない。

具体的には、まず両親の精子と卵子を体外受精させ、受精卵を作る。
これを診断することで、何らかの遺伝性疾患を引き起こす遺伝子変異が発見された場合、この受精卵をゲノム編集して修正する。

修正後の受精卵を母親の子宮に移植すれば、健康な子供が生まれ、子供は生涯を通じて、その遺伝性疾患を発症する可能性をほぼゼロにすることが可能になる。

遠い未来の話に思えるかもしれないが、既に2014年、中国の研究チームが「マカク」というサルの生殖細胞のゲノム編集に成功している。

人間の生殖細胞のゲノム編集も既に実験は行われており、数年~十数年の間に生殖細胞のゲノム編集を施した子供が生まれるかもしれない。



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