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書評『11の国のアメリカ史 分断と相克の400年 上・下』

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書評『11の国のアメリカ史 分断と相克の400年 上・下』コリン・ウッダード(著) / 肥後本芳男・金井光太郎・野口久美子・田宮晴彦(訳)

コレから日本は政治的にも経済的にも技術的にも文化的にも二流以下の国になり、国際的な発言力どころか存在感も無い国になって行く訳だが、人口の激減に伴う経済規模の急激な縮小を避けるためには、移民政策を進める他にはない事がわかっているにもかかわらず、せっかく来日してくれた外国人労働者家族にろくな教育機会を与えず、難民すら受け入れずに追い出し、牛久の入管では微罪で収容された多くの非白人系外国人を長期間虐待し続けている様な現状では、それも致し方ない事だ。

さて、移民政策を進めて海外ルーツの人々が増えると治安が悪化し、日本の伝統文化とやらも不可逆的に失われると妄想する向きもあるが、本当だろうか?まあ、治安云々については、どの社会でも若年人口が増えれば必然的に悪化する事が『人口で語る世界史』(ポール・モーランド)でも言及されており、日本の若年層が最も厚かった80~90年代にコンビニ前でウンコ座りしていた人々の存在を考えれば、それが移民とは関係ないことは簡単に理解できるだろう。こんなものは、被害妄想に凝り固まった自称「日本を愛する普通の日本人」の言うことなど無視して、適切な統合政策を進めれば解決する問題なのである。
日本の伝統文化とやらについてはどうだろうか。これについては本書で言及されているウィルバー・ゼリンスキーの「初期定住効果学説」がヒントになるのではないかと思われる。この学説は、その土地の住民の特質は、たとえそれがどんなに小規模な集団であろうと先着グループによって決定される、と言うものだ。これに従えば、今後日本に、何処からどれほどの規模で移民が流入してこようが、良くも悪くも日本が日本でなくなることはないだろう。かつてニュー・アムステルダムと呼ばれた土地からオランダルーツの人々がほぼ駆逐されたとしても、シティはいまだにオランダ人のもたらした文化の影響下にあるし、残忍で貴族的な奴隷制をバルバドスから輸入したディープ・サウスは、なんでか搾取されまくった底辺白人小作人の末裔すらも貴族領主様のメンタリティを受け継いでいる。そういえば日本でも、底辺貧困層なのに上級国民推奨の自己責任論を信奉してる人、多そうですよね。
話が少し曲がったが、本書はこの学説に基づいて16世紀以降のアメリカの歴史を紐解こうと言う試みである。

ご存知の様にアメリカ合衆国は、インディアンを皆殺しにし、アフリカ大陸から誘拐して来た黒人に強制労働を強い、レイプする事で成立した国である。しかし、全ての地域の全ての移民グループが同様に残忍な人々であったわけではない。移民グループベースで分かれた地域ごとにそれぞれ特質があり、政治的に混乱していたイギリス本国の放任するにまかせ、独自の発展を遂げていった。彼らの先住民、奴隷制、宗主国、宗教、経済などあらゆるモノに対する応じ方は本当にそれぞれだったのだ。その地域は50の州を超えてカナダ、メキシコを含んだ北米大陸に存在する、異なった文化と野望を持つ11の「国」として想定できる。
そんな強烈に異なったイデオロギーをもつ彼らが、簡単に統一出来るわけもない。18世紀に政治的安定と国力の増大を達成して帝国化したイギリス本国が、いよいよアメリカ植民地の直接支配を強化しようと目論んだ時、彼らは自分達の文化を守る為に対英闘争を開始する。しかし複雑化した利害関係から足を引っ張り合うどころか内戦に至るケースも散見され、彼らがイギリスに勝利できたのは本当に偶々なんじゃないか?と思えるぐらいである。そして、その話が本当に面白い。到底道徳的とは言えない諸国の代表が、自分勝手な打算と民衆の突き上げによって、対イギリス闘争を遂行するためだけに渋々採用した民主主義が、その後のアメリカの運命を決定的にしてしまうのである。
南北戦争ではカルトなユートピア説教師とサイコパスな貴族主義者のどちらにつくかで引き裂かれるパンク野郎の物語や、20世紀にディキシー連合をベースに勢力を広げる宗教原理主義者の蠢動など、手に汗握る。そして南部における公民権運動とそれに対する反動、北部のヒッピームーブメント等に始まる改革運動によって、アメリカの分裂はさらに深刻なものになっていく。この2つのブロックは、マイノリティー、銃規制、環境問題、「進化論」という「堕落した思想」の扱いなど、様々なトピックで正反対の反応をするようになるのである。BLMムーブメントで、それがスペクタクルなまでに示されたのは記憶に新しい。
コレ、三国志マンガ「蒼天航路」を描いた王欣太とか、「RED」の村枝賢一あたりに、外連味たっぷりの作画でコミカライズしてもらえませんかね。キングダムの人でも良いよ?やっぱ難しいですかね?

本書を読むにあたってだが、アメリカ在住の読者を想定して書かれているからだろうが、アメリカの歴史と地理についての基本的な教養が無いとしんどい部分が有る。手に取る際は、北アメリカの大雑把な地名が判るレベルの地図と、コロンブスのアメリカ大陸「発見」からの歴史が書いてある年表の様なモノを用意した方が理解が早いだろう。また、言っても詮無きことだが、しばしば細かい説明を省いてレトリカルに書かれているので、出来れば細かい訳注を章末辺りに付けて欲しかったところである。

さて、因みにその11の「国」がどの様なモノか紹介しよう。詳しく知りたければ書名で検索すればいくつか書評や解説が出てくるし、もちろん本書をあたってもらうのが一番正確である。ココでは簡単に触れるにとどめる。
なお所々、この書評推敲時に読んでいる別の本(『ファンタジーランド(上)(下): 狂気と幻想のアメリカ500年史』カート アンダーセン (著) / 山田 美明・山田 文 (訳))の影響で筆が滑り気味の部分が有るがご容赦頂きたい。大筋においては問題ないはずだ。

①ヤンキーダム
狂信的でピルグリムなカルト教団によって「新しい神の国」として創設。家族単位での移民が多かったこともあって急激に人口を増やし、膨張した。共同体主義でコミュニティに対する信頼が篤く、政府を強力で不道徳な貴族や企業、権力からの防波堤とみる傾向があり、もちろん税金だって喜んで払う。控えめに言って変態である。自治志向の意識高い系で、真っ先にイギリスに対して反乱を起こし、さっさと独立を達成した。教育を受けることは特権ではなく成員の義務。他人に上から説教をするのが好き。規律重視、禁欲的で不寛容。奴隷制など下劣極るモノをありがたがる、不真面目な方は許しません。異端は縛り首、異教徒は地獄行きでインディアンは皆殺し。自称「神に選ばれし民」。信じる者は救われる、熱狂を愛するアメリカ人の原型。目標は神との契約に基づく「完全な理想の社会」を作る事!

②ニューネザーランド
現在のニューヨーク市のこと。オランダ西インド会社が作った商業都市。奴隷貿易の重要拠点であった一方、その初めからグローバルな貿易都市として移民の玄関口であり、彼らによって北米最小でありながら最も人口稠密な「国」となった。当時最も洗練された近代国家だったオランダから受け継いだ、多様性と寛容と自由、個人的達成と上昇志向を尊重する精神は、合衆国建国時に大きな影響力を持ち、それは現在まで続いている。多民族・多宗教。やたら前向きで楽観的。一方で奴隷貿易で大儲けし、独立戦争時にはイギリスにつき、南北戦争でもリンカーンに反対して深南部を支持するなど、打算的で倫理より利潤を優先する面もある。

③ミッドランド
痺れるほど急進的な博愛主義者、クエーカー教徒によって創設された。自由と人道を重んじ、来るものは拒まず多様な移民を受け入れてきた。ラブ&ピース、みんなトモダチな性格の良い優等生。入植当初は有能なリーダーの元で計画的に植民を進め、周囲のインディアンとも良好な関係を築いていた。また、保守的だが多様性も受け入れるその方針は、圧政に苦しむ有能な移民をヨーロッパ中から引き付けることとなった。一方で多様性を受け入れ過ぎて政治的にまとまりがなく、優柔不断でスウィンギーな面もあり、対英独立闘争にも反対した。そんなわけで、しばしば大アパラチアに殴られる平和主義者なのである。ヨーロッパで専制君主に痛めつけられた経験から、あまり政府を信用しておらず、且つて某カルト教団に迫害されたことも忘れていない。なもので、上からモノを言われると取り敢えず反発する。

④タイドウォーター
「ヴァージニア」「ジェームズタウン」の名称からも明らかな様に、ノルマン人の末裔を自称する、ヒーロー気取りのイギリス王党派貴族子弟により創設された封建社会。元々金銀財宝目当ての残念な植民であり、当然ピューリタンなヤンキーとは対立。当初はパラノイアックで無能な指導者のもと、生存率はほぼ地獄レベルで死屍累々の状況であった。まあ貧乏人が虐げられるのは当たり前ですね、社会はエリートの為にあるのですから。上品でプライドが高く、知的で冷酷。「歴史」的に「市民」とは貴族の事で、政治や自由、つまり共和国はエリート白人男性「市民」のモノなのだ。選民意識も強く「平等」は嫌い。当然インディアンは皆殺し。大アパラチアに阻まれてフロンティアに参加できず、権勢を広げられなかった。イギリスによる初の植民であり、(エリザベスのヴァージニティを誰よりも知る男)ウォルター・ローリーによる建設である事等、面白いトピックは色々有るのに、ヤンキーの陰謀により米国史上では軽んじられている。現在はミッドランドに吸収されつつある。

⑤大アパラチア
何百年もの絶え間のない戦争で荒廃したイギリス辺境地域から大挙してやってきた好戦的な入植者によって創設。戦士的倫理観と個人の自由を重んじ過ぎて、当初は法律も政府も存在しなかった。まさにアウトロー。入植初期に大変世話になったにもかかわらずミッドランドが大嫌いで、貴族気取りも理想主義者も虫唾が走る。つまり自分たち以外は全て敵で、誰であろうと殴るチャンスは逃さない世紀末救世主伝説的ヒャッハーな人々。独立心が異常に強く、干渉されることを極端に嫌うその性格からフロンティア開拓の前線に立ち、西へと拡大した。ヒルビリーでカントリー&ウエスタン。ウイスキー(もちろん密造酒)が通貨の代わり。他人に言われてマスクはしない。たとえコロナで死んだとしても。お前の物はオレの物で、もちろんインディアンは皆殺し。レイシストで自称「真のアメリカ人」。識字率も低く、教養を軽蔑し迷信深い。バードの好物フライドチキンは、元々彼らが南部の奴隷へ伝えたもの。ディープフライにすれば骨クズでも取り敢えず食えるからね。

⑥深南部
非常に残忍で専制的な奴隷制国家として、バルバドス島のイギリス人奴隷領主によって建設された。白人優越主義で貴族的志向が強く、逆らうやつはためらわずにリンチし、そこら辺に吊るす。黒人男性は消耗品で黒人女性は慰みもの。神は奴隷制を肯定しているのですよ?黒人奴隷は幸せモノだ。奴隷制度を正当化するために美化する一方で奴隷の報復を恐れ、加害者のくせに強い被害者意識を持つサイコパス紳士。日本にもマイノリティに嫌がらせをしながら何故か被害者意識丸出しの人、いますよね。綿花ブームで得た巨額の富にまかせて勢力を拡大し、大アパラチアを西へと追いやった。民主主義は愚か者の選択。ヤンキーに奴隷制を奪われたことを恨みに思っている。

⑦ニューフランス
フランス人入植地が起源。インディアンと友好的に交流し多くを学ぼうとしたので、北フランスの農民の文化と北アメリカの先住民の文化が融合している。ミッドランドと共に、迫害されるインディアンの後ろ盾となった。堅実かつ平等主義的で、話し合いを重視するリベラルであり、黒人が自由でクリエイティブな活動をする素地があった。カナダ東岸地域の他に深南部に囲まれた飛び地をもつ。ルイジアナ南部は合衆国に併合された後も、決してサイコパス紳士に取り込まれる事なく独立を保ち、そしてジャズはそこから生まれたのだ。今後、独立国家となる可能性あり。

⑧エル・ノルテ
16世紀末にカトリックのスペイン人によって創設された北米最古の植民地。アメリカとメキシコの「国境」を跨ぐ地域で、ロサンゼルスからメキシコの北部諸州を含む。スペイン語を話すヒスパニック系住民が多い。メキシコシティから遠く離れていた為、自由を重んじる独自の文化を育んだ。働き者でフレンドリーなカウボーイ。スペイン人とインディアンの混血の人々が住む国内植民地として、東から侵略してきたレイシストの深南部と大アパラチアに冷酷ないじめを受けた。粘り強い闘争を経て、現在はノルテーニョが主導権を奪い返している。メキシコとの「国境」で分断されながらも、歴史、経済、文化の同質性は極めて高く、人口も急増しており、今世紀中に単一の国家として独立する可能性があると言われている。

⑨レフトコースト
もともとはヤンキーの商人、宣教師などが入植したが、大アパラチアからの移住者やゴールドラッシュでやってきた山師たちの影響も強く受けて成立した。ヤンキーダムの知性主義、理想主義的ユートピア精神と大アパラチアのパンク精神をあわせもつ。サンフランシスコ、シアトル、カナダのバンクーバーなど先進的な都市を内包し、マイノリティの権利運動、環境運動、平和運動が盛んな地域。エゴイストでリバタリアンの極西部と仲が悪い。主権国家として分離独立の機運もある。

⑩極西部
アメリカの砂漠地帯からカナダ、アラスカを含む広大な地域。小規模なマンパワーでは植民不可能な乾燥したへき地だった為、結果的に鉄道や灌漑、採掘等の大規模な産業資源に巨額の資金を投下できる大企業が牛耳る地域となる。住民たちは彼らや彼らに操られた政治家によって搾取され、その為、住民による権力者の横暴に対する長い抵抗の歴史を持ち、組合運動や社会主義思想が栄えた。大企業に擦り寄り、住人に負担を強いた政府に対しての根強い反感から、反権力的志向を持ち、しばしば深南部と手を組むこともある。

⑪ファーストネーション
グリーンランドを含む大陸極北部に住むイヌイット達の国である。ヨーロッパ人による征服を逃れた先住民族が、その文化的慣習と知識を保持しながら居住している。近年着々と力を復活させ、極西部の北端を急速に支配地域下に置きつつあり、また実際にかなりの自治を獲得している地域もある。領土規模は北米最大だが人口は少ない。土地を含むあらゆる財産は、個人が「所有」する物ではなく共同体のものという意識と、強力な環境倫理を持っており、その事が外部に対する政治力を強化している。女性の政治的主体性が強い地域でもある。

これらの個性的な11のネイションは、19世紀から今までに至る、世界各地からの何千万人もの移民の波に飲み込まれる事はなく、現在までその個性を維持し続けている。それは移民に同化政策を採ったヤンキーダムに限らない。移民国家と言われるアメリカでこうなのだから、今後日本に、どこの国からどれだけの人々が移民してこようと、日本人の顔つきや肌の色がどれ程変わろうと、日本は日本のままであり続けるだろう。安心なコトに彼等の何割かはめでたく「日本を愛する普通の日本人」になって近隣の国の悪口を言ってくれるはずだ。ソレは良い事とか悪い事だとかでは無く、そう言うものなのだと思う。

そして、著者は北米大陸の国境線が100年後も現状のままである事は無いだろうと言う。信じがたい気もするが、アメリカの成り立ちと彼らのファナティックさ、現在の分裂状況を鑑みれば、安易にSFじみた妄想とも思えなくなる。「歴史を通して見れば、これよりももっと不思議なことが起きてきたのだ。」とか書かれると、本当にゾクゾクするのだ。
浅学ながら想像すると、もし分裂したらとてつもなくダイナミックな世界史的変化が起こることは間違いない。例えば分裂した国の弱小な方がもう一方と敵対的な姿勢を維持した場合、その国はどの国に接近するのか?ユーロと接近するならまだ良いが、中露に接近でもしたら?トランプ政権内でのロシアの存在感を鑑みればあり得る話だ。日本の安全保障はどうなるのだろうか?そのころアメリカは日本の同盟国(まだそんなだったとしたらだが)としてどの程度のプレゼンスをアジアに持てているのか?アフロエイジアンはどれ程の存在感を放っているのだろう?もし人口爆発を起こしたアフリカから、人口が急激に減少するアジアへの大規模な人口移動が起こっていた場合、彼等をより大規模により適切に統合出来た国家が東アジアの国際政治で主導権を握るだろう。また、その時も依然として日本が「国体」を護持しちゃっているなら、アジア内でのジャパンパッシングはよりあからさまなモノとなっているだろう。それどころかマジでWILD EAST化、先進国の草刈場となっている可能性すら有る。などと考えるとホントにドキドキするのである。

本書によると、ジャズが生まれたニューオリンズは、多様な出自を持つ人々が交流しながら独特な文化を築き、アメリカに併合された後も自由な空気を維持していたニューフランスの飛び地であった。そしてジャズはミッドランド経由で全米各地へ広まっで行く。
ミッドランドのカンザスシティではレスターやパーカーが、フィラデルフィアではディジーやヒース・ブラザーズ、コルトレーンが、ニューフランスのモントリオールではピーターソン達が活躍し、やがて多様性と寛容と自由を旨とするニューヨークで普遍的な音楽へと発展するのだ。
バリー・ハリスの知性は、ヤンキーダムとミッドランドの境界にある都市、デトロイト出身ならではなのかもしれないし、マイルスが大アパラチアのイーストセントルイスで子供時代を過ごしたと聞くと、あの全ての権威に盾突く反骨精神は、荒廃したスコットランド高地からの侵略者、ヒャッハー戦士たちから受け継いだものだったのかと納得する。そういう想像はとても楽しい。
そしてジャズは、多様性を許容する都市で、自由を尊ぶ人々によって造られてきたのだとあらためて気づくのである。ジャズが生まれ、僕らのもとへ届けられたのは、自分たちとは異質な人々を決して排除せず、交流し、影響を受けることを恐れない人々が大勢いてくれたおかげなのだ。
そして出来ればアメリカは分裂などせず、その多様性を維持したままのアメリカで有って欲しいと思う。それはニューヨークという遊園地の様な街に立つと、何故か懐かしい気持ちになってしまう僕の感傷なのだけれども。

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