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【SS小説】カップ麺タイムトラベル

作:碧風ゆうり

 クリス・チャンドラーは若い小説家だ。幼い頃から本を読むことが好きで、自然と自分でも書くようになった。もちろん才能もあったから、まだ学校を卒業して間もないのに次々と賞を手に入れていた。
 新進気鋭の小説家は顔が広く、交流する友人たちの幅も広かった。特にジャッキーという科学者と仲が良くて、その優秀な研究者はタイムマシンの発明に携わっていた。小説家はタイムマシンにずっと興味を持っていて、遂に完成したという知らせを受けると、もう何杯目になるかも忘れてしまったコーヒーを慌てて飲み干して寝間着のまま研究室に飛んで行った。
 ジャッキーはクリスに一番にタイムマシンを使ってもらう約束をしていたが、その研究は世界中からの資金援助を受けていたので、各国の政府がこぞって候補者リストを送り付けた。そこで研究室は全人類から候補者を公募して採用試験行うことにしたが、それでもクリスは何でも器用にこなせたので、最先端のテクノロジーを使う許可は多才な小説家に下りた。
 すぐに記者会見が行われ、クリスは短いスピーチをした。
「私は自分のアイディアが尽きたと感じたことがありません。常に頭の中に二、三個のツボミが出ており、そしてノートには百を超える物語の種が植えられてあるのです。しかし、私の心に流れる無数の小川の内の一本が小さな岩で塞き止められいて、下流にある創作の木が枯れかけているのです。今回は岩を端へ寄せて水を滑らかに流し、これからも皆さんに私の作品を楽しんでもらうために未来へ参ります。」
 直ちに宇宙飛行士よりもずっと厳しい訓練が始まった。その半年間、世間は何が将来有望な若者の心で悪さをしているのか、という話題で持ちきりだった。ある人は「孫の顔を見に行くつもりだよ」と言い、別の人は「親の命日を知りに行くんじゃないか」と言った。「実は未来ではなく過去に行って歴史小説のネタを探すんだ」と言い出す人もいた。
 ようやく歴史的な日を迎えた。全世界から向けられる目線の持ち主たちの緊張とは比にならないほどの情熱を心に秘め、文筆家は至って冷静に機械を作動させた。
 何一つ問題が起きることなく先駆者は百年後の未来に到着した。滞在できるのはたったの二十四時間。クリスは急いで、しかし目立たないように街を歩き、未来人を見つけた。
「突然のご無礼をお許し下さい、クリス・チャンドラーという人物をご存知でしょうか?」
 作家は礼儀正しくもあった。
「えぇ、もちろんですよ。丁度あそこの本屋さんに行って来たばかりなんです」
 示された方には本屋の大きな窓があり、その奥で「クリス・チャンドラー没後九十年記念フェア」と題された、色とりどりの大小の本を揃えた大きな本棚が立っている。文豪はそれを見るなり安心すると、現代へと帰って行った。

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